約 1,087,535 件
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/363.html
ラノで読む 七夕の日は、お祭りである。 年中行事の類は廃れ、一部が商業的思惑によって都合よく存続する世の中。 そうした時代には珍しいことに、双葉学園は時節のイベントをきっちり行っていた。 もちろん全員強制参加などさせられるわけでもなく、学園の本分を考えれば、その規模は慎ましい。 それでも醒徒会は、生徒たちが日頃の気晴らしをできるよう、工夫を凝らしたイベントを企画していた。単に会長がお祭り好きなだけで、何かと時節にかこつけて企画をねじ込んでいるという噂もあるが、真偽は定かでない。 梅雨も明け、今年の七夕は晴れ晴れとした天気だ。織姫と彦星も、幸せな一夜を過ごせることだろう。 こんな日和にわざわざ校内に留まるのは、忙しい教員と、一部の例外くらいのもの。 そうした暗がりを好む者の一人に、秋津宗一郎の実姉である、秋津 末那《まな》がいた。 <蛇の邂逅> 夕刻に差しかかろうとしている中、秋津 末那《まな》は誰かを探すように、あるいは土地勘を付けようとするかのように、ふらりふらりと歩いていた。 夏服ブラウスのポケットには、水性ペンと短冊が一つずつ。先ほど、七夕飾りをしていた一団に貰ったものだが、彼女は人前で願い事を書くことを避けるように、校舎内へと足を向けていた。 「……おい」 ふいに掛けられた声に、末那は眼鏡越しに視線を泳がせた。ふいの動きに、後れ毛がぱらりと落ちる。 彼女の仕草は常に芝居がかっているようにゆったりと、大仰だ。 それが本当の芝居を見破られ難くするための更なる芝居なのだということは、実の弟も知らない。彼女自身も、最早馴染みすぎて区別がついていないくらいなのだから。 声の主は彼女の背後で紫煙をくゆらせていた。 その出で立ちは奇怪だ。生々しい人体模型を抱えた、やつれたサラリーマンのような男。 彼女は少し首を傾げて、尋ねた。眼鏡が少しずり落ちる。 「どちらさまでございましょう?」 「あー、そこの保健室の主だよ。 見たところ、高等部の生徒か? ここは中等部棟なんだが、道に迷いでもしたか」 男はそう言ってから、ふぅ、と煙を吐き出す。対して末那は得心したと頷いて、口を開いた。 「保健医の方でいらっしゃるのですね。私《わたくし》は秋津末那と申します。 何分こちらに参りましてからまだ日が浅いもので、ご容赦頂ければ幸いでございます」 保健医の男は、彼女が大仰な敬語で自己紹介をする間、黙っていた。やがて確信を得たらしく、確認するように尋ねる。 「秋津……二年のあいつの姉か」 「まあ、あいつなどと仰らないで下さいませ。宗ちゃんは頑ななところもありまして、御学友の方々に随分迷惑をおかけしたと聞いております。 けれども今では、すすんで打ち解けようと、自分なりに頑張っているのですから」 ふふふ、と彼女は笑ったが、男は白けた顔で煙を吐くだけだ。 彼は、転校者通知から彼女の素性と、異能力を知っていた。その眼が裸眼では、殆ど何も視えないということも。 しかしながら彼は、かしゃり、と足元から音がしたその時まで、末那が彼の鼻先まで歩み寄ってきていて、自分が廊下の壁を背負っていることに気付けなかった。 彼が視線を向けた先には、落下した末那の眼鏡。上履きと、白い足首。 そして呟きが聞こえた。 「…どうやら……教職員の皆様は、私が何を感じ取って生きているのか、ご存知なのですね」 彼女をよく知らない者が末那《まな》を見るとき、まずその体躯に眼を奪われるだろう。 しなやか、という言葉がよく似合うその身体は、女性にはやや高すぎる背丈も相まって、威圧的ですらある。 だがその生命溢れるイメージは、彼女に備えられた一つの歪さによって、ひっくり返ってしまうだろう。 即ち、彼女の両の腕。 そこにあるべきものは、ない。 「感応能力、か」 保健医は得心したように呟く。 言葉だけではイメージの沸かない異能力も、目の当たりにすれば嫌でも理解出来るというものだ。 「……自らの魂源力を分け与えて無意識に油断させ、思考の一部をハックする。感情の動きが分かれば、相手が何を気に留め、何を見落とすかもお見通しという訳だ」 末那はその言葉を肯定も否定もせずまた、ふふふ、と笑った。 「そう、構えないで下さいませ」 別に取って食おうなどとは致しませんから、と冗談めかして言う。 「私はこのような成りですから、握手するなりといった、普通のご挨拶が出来ないのです。ですから――」 するり、と頬と頬が擦り合わされて、男の表情が硬くなる。微熱でもあるかのように、その膚は妙に暖かかった。 「こちらのお方にも、よろしいでしょうか?」 末那は男が抱えていた、生っぽい人体模型を見ながらそう尋ねる。 男はなんと答えればいいか、少し悩んだ。 だが、末那は彼が口を開くより早く、その皮無しの膚へと、頬を擦り寄せた。 そうして儀式じみた行為が終わり、彼女が再び顔を上げる。 裸眼の焦点は結ばれず、まるで遥か遠くを見ているかのようだ。 だが彼女は、別に不自由などしていないのだろう、男はそう思った。この女はきっと、眼に頼る生き物ではないのだ。 「…これから何かとご迷惑をおかけすることになるかと存じますが、どうぞ、よしなにお願い申し上げます」 秋津末那は丁寧な言葉で、七夕の邂逅を締めくくった。 前触れもなくバタバタと廊下を走る音が、終焉を告げに来た。 急速に、周囲に音が戻る。 だいぶ日が伸びていて分からなかったが、腕時計の針が夜と呼べる時間帯に差し掛かっていることに、男は気付いた。 だが今日は確か天体観測まで予定されていたので、まだまだ生徒は校庭なりに残っているだろう。 「おや」 「あ、先生」 廊下の曲がり角に、二人の女生徒が姿を見せていた。足音の主は彼女たちだ。そして、それぞれが一方と顔見知りである。なんだお前か、と保健医が呟いた。 「こんにちは、誠司さん」 「…こんにちは、末那さん。ここで何を?」 「いえ……大したことでは、ありませんよ」 何気ない会話。 しかし菅誠司の横で様子を見守る双葉五月は何故か、地雷原を目の前にした幻視を目の当たりにしていた。 それが策士《クオレンティン》が見せる、感情誘導の為の幻覚だったのかは、本人にすら分からない。 だが結果として彼女は何も言わないことを選択し、地雷原に突っ込むような事態を避けられたのだった。 どこかぎこちない両者は話題を見出しあぐねていたものの、末那が思い出したように口を開く。 「…そうでした。私、短冊の願い事を誰かに書いて頂きたかったのです」 「ああ……よかったら、私が書くけれど」 誠司はそう、普段からすればいささかへりくだるかのように申し出る。 五月にはそれがいささか意外に見えた。気を遣うというよりまるで、負い目を感じているようだったから。 が、当の秋津末那は微笑みながら首を振り、 「せっかくの御好意ですけれど、遠慮致します。 呪う相手本人に呪詛の言葉を書かせるのは、流石に心苦しいですから」 自ら地雷を踏みつけて、眼鏡も拾わず、歩き去っていった。 そのふらりふらりとした、長い後姿。 身を這い回る蛇を連想して、見送る保健医は微かに、顔をしかめていた。 蛇の邂逅・了 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/216.html
元が縦書きなのでラノで読んだほうがいいかもしれないです ラノでまとめて読む FILE.2〈彼氏と彼女の初めての共同作業:前編〉 藤森弥生《ふじもりやよい》はぼんやりとした感覚の中でそれを見ていた。 目の前にはまだ七歳だったころの自分が佇んでいた。今と変らない二つに結った髪に、今と変らない幼い顔。弥生はすぐにこれが夢だと確信した。 幼い弥生の前に同い年くらいであろう少女が泣きながら弥生と話をしていた。 その少女は赤い髪が特徴的で、どこか強さを感じる顔立ちをしているが、今は泣き顔でクシャクシャになっていた。 それもまた、幼き日の巣鴨伊万里《すがもいまり》であった。 (ああ、これあの時の・・・・・・) これは遠い日の記憶。 伊万里の両親が自動車事故で亡くなった日の出来事だった。 (そう、あの日伊万里ちゃんは家族で出かけるはずだったんだ、でも伊万里ちゃんはあの時既に死の旗が見えていたみたいだった・・・・・・) 伊万里の異能である“アウト・フラッグス”は、死が近い人間の頭の上に旗が見える。一見間抜けな図に感じるが、それは恐らく幼い彼女の解りやすい形で能力が発現しているからだろう。 彼女の両親が亡くなる日も、伊万里には両親の頭に死の旗が見えていた。それどころか彼女自身にも死の旗が頭に存在していた。 その日は家族三人で祖母の墓参りに行く予定だったのだが、伊万里は死を感じていたために泣いて抗議をしていた。だが幼い伊万里の妄想じみたその言葉を両親たちは信じてはいなかった。出かけるのがいやないい訳だとしか考えていなかった。 結局両親は伊万里を留守番させてそのまま出かけ、事故に遭い、亡くなってしまった。 死を予言する異能を持ちながらも両親の死を救えなかった伊万里は、自分の無力さに嘆き泣いていた。 そんなことは幼かった伊万里には何の責任も無かったというのに。 (そういえば、あの日以来伊万里ちゃんが泣いてるのを見たことないな・・・・・・) 弥生が過去のことを思い返しながら目の前の幼い自分と伊万里を見つめていた。 幼い弥生は、両親亡くし泣きじゃくっている伊万里の両肩を掴んで目を力強く見つめていた。そう、彼女はこの時決意をしていた。 「伊万里ちゃん、泣かないで。私がいるから、私が伊万里ちゃんを護るから!」 幼い弥生は天涯孤独になった伊万里を護りたいと心から思っていた。 (ああ、確かにこんなことを伊万里ちゃんに言ったな・・・・・・今でもその気持ちに嘘はないけど、今じゃ伊万里ちゃんに私が護ってもらってばっかりだ・・・・・・) しかし現実と理想は常にかけ離れているものである。 (結局昨日の放火事件も私はなにもできなかった。伊万里ちゃんは勇敢に犯人を追っていったのに私はあの男の子にすがって泣いてただけ・・・・・・惨めだなぁ・・・・・・) 弥生が伊万里を護ると決意したその翌年には、その異能の力を見出されて伊万里は双葉学園に移ることになっていた。 弥生は伊万里の傍にいるために、数年もかけて一般の試験をうけ、双葉学園に入学を果たしたのだ。 (ラルヴァや世界の平和なんかどうだっていい・・・・・・せめて伊万里ちゃんだけは――) 目覚まし時計が鳴る数分前に伊万里は目を覚ました。 それはいつもの習慣で、まだ寝ている弥生を起さないようにという彼女の配慮だ。寮の部屋は二人部屋になっており、伊万里は弥生と同室なのである。 部屋は可愛らしいぬいぐるみで溢れており、それは全て伊万里のものだ。弥生は私服を沢山もっているようで、クローゼットの中を独り占めしている。 鳥のさえずりが目覚めた頭に心地いい。時刻はまだ午前六時。始業まではあと二時間以上もある。 (さて・・・・・・と、日課でもはじめますか) 伊万里は一先ず運動着に着替えて、学生寮の庭に出てストレッチを始めた。適度に筋肉の引き締まった綺麗な肢体が朝日に輝いて見える。 伊万里は所属する薙刀部のメニューを始めた。朝からやるものではないハードなメニューで、それでも伊万里は妥協もせずにそれらをこなしていく。 模造の薙刀を振り回す彼女の顔はいつも以上に真剣で、何か思うところがあるようである。 (昨日の放火事件、結局私は犯人を捕まえられなかった。まだまだ甘いのよね。もっと強くならなきゃ、じゃないと誰も護れない) 自分の両親が亡くなったあの日から、伊万里は眼に見える全ての死から大切な人たちを護り抜こう心に決めていた。 自分はそのためにこの死を見る力を得たのだと。 自分は選ばれた人間なのだと、そう考えていた。 しかし彼女は双葉学園に入学して、さらに自分よりも凄まじい“選ばれし人間”たちが多くいることを知った。 それ以来彼女は彼ら上位の異能者にも負けぬように日々鍛えに鍛えているのであった。 (それでもまだ足りない。昨日の事件も、あの男の子が最初に助けてくれなきゃ私も弥生も死んでたのよね。私の能力ってなんでこうも中途半端なのかしら) 昨日の事件での無力さに反省しながら一先ずメニューを終え、シャワーを浴びようと伊万里は寮に足を向ける。時間も頃合だ。 部屋に戻ると、まだ弥生は気持ちのよさそうに寝ていた。すやすやと天使のように可愛らしい寝顔を見て、伊万里は心癒される。 (ほんと、この子を見てると安らぐわ。相変わらず幸せそうな寝顔ね) 伊万里は弥生の柔らかいほっぺを指先でぷにぷにとつつく。 「ほら、弥生。そろそろ起きないと駄目よ、髪といてあげるから一緒にシャワー浴びようよ」 「ほわ~~~。あぅぅ、伊万里ちゃんおはようー。今ね、ちっちゃい伊万里ちゃんが夢に出てきたのぅ」 と、弥生はまだ寝ぼけてるように目をしょぼつかせながらふらふらとしていた。 「はいはいよかったわね、さ、はやく立って。シャワー浴びたら弥生の好きなハムエッグ作ってあげるから」 こうして普段と変らない何気ない一日が幕を明けた。 双葉学園高等部、その一年の廊下を二人の人間が歩いていた。 一人は短髪の可愛らしい顔をした少年で、首に真っ赤なヘッドフォンをかけているのが特徴的だ。少し棘のある雰囲気が小柄な見た目とは正反対である。 もう一人は若い女性で、お洒落メガネに胸元を強調させるスーツ姿、モデルのようなスタイルと顔立ちが特徴的である。 少年の名はオフビート、女の名はアンダンテという。 それは勿論コードネームであり、学園においてはまた別の名をもっている。 その二人は違法科学機関であるオメガサークルから派遣された工作員であるが、末端の尖兵であるオフビートはこの双葉学園の潜入任務について詳しい内容を聞いていない。 ただ、一人の少女を監視、護衛をせよ、と上からの命令である。 「なんだそのメガネ」 普段メガネをかけてないアンダンテがメガネをかけているのをオフビートは不思議に思っていた。おそらくは伊達だろう。 「バカね、女教師と言ったらメガネにスーツ。これ常識よ。萌えよ、萌え。萌えがなければこの時代生き残れないわ」 「アホか、なんだそりゃ」 と、呆れたように呟くオフビートにはいつものキレのある毒舌がない。 「あら、どうしたの涼一君。もしかして緊張してるのかしら」 アンダンテは嫌味のようなことを唇を歪ませてオフビートに話しかけた。オフビートは少しイラだった様子である。 「別に、ただ学校なんて初めてだからどうすればいいのかわかんねーんだよ。機関の演習には学校での対応を学んでなかったし」 「なに、簡単よ。普通にしてればいいのよ。目立たず、それでいて孤立しないようにしなさい。まあ普通でいるってのが一番難しいんだけどね、経験上」 「へえ、さすがは人生経験豊富だな。年の功だね木津先生」 と、負けじとオフビートも言い返す。しかし出席簿でスパーンとはたかれてしまった。 「私はまだ若いわよ、まったく。ほら、そこが私たちのクラスよ」 そこは高等部一年Z組、ここが二人が通うことになるクラスである。 アンダンテは堂々とした足取りでその扉を開いた、オフビートはそのあとに続けて入っていく。 その教室の総生徒数は男女半々の比率で三十人程度であろうか、異能者も非能力者も混合の教室である。それは別に珍しいことではなく、ほとんどのクラスが異能者と非能力者が混在している。 既にホームルーム待機中の生徒たちは突然見知らぬ人物が二人も入ってきたことでがやがや騒ぎだした。 「おいおい誰だよあの美人」 「うわ、あの美脚! ほそなげー!」 「いや、むしろ胸のがごにょごにょ・・・・・・」 「ってか山岡先生は?」 「見てあの隣の男の子、かわいい~」 「転校生かなー」 「なんか可愛いのに大人っぽいよねー」 などと生徒たちは好き勝手に騒いでいる。アンダンテは黒板をバンバンと叩いて注意をこちらに向けさせた。 「傾注、傾注! 静かにしなさいあんたたち。私は産休の山岡先生に代わってこのクラスの担任になった木津曜子《きつようこ》よ。みんなよろしくね」 そうして黒板に名前を書き込んでいく。生徒たちはみな唖然としている。 「産休・・・・・・って、山岡先生って男なのに? おじいちゃん先生なのに?」 「この中途半端な時期に担任かわるのか?」 「ああ、でもあの山岡のじーさんより木津先生のがいいわー」 と、またも口々に勝手なことを言っている。そんな彼らをオフビートは、なんて騒々しい連中だ、能天気なやつらだ――などと少し斜に構えていた。そんな彼をアンダンテは肘で小突いて話を促した。 「ほら、あんたも自己紹介しなさいよ」 「あ、ああ・・・・・・。斯波涼一《しばりょういち》です。まあよろしく」 無愛想な表情でそう言った。こんなことは初めてだからどうしたらいいのかわからないのである。そんな彼をみなは輝いた目で見つめている。特に女子たちは彼に興味津々のようだ。オフビートはその気迫に少し気おされている。 「ちなみに私と涼一君は従姉弟同士なのよ、みんな私共々よろしくねー」 軽いノリで生徒に接するアンダンテを、オフビートは不思議な目で見ていた。今まで研究員と被検体という立場であったときには彼女のこんな姿を見ることはなかった。これがただの演技なのか、それともこちらが彼女の本来の姿なのかはオフビートにわかるわけはなかった。 「ええっと、涼一君。キミはあそこの空席に座ってもらうわよ」 アンダンテは後ろの席を指を指した。 しかしそこには三つの空席があってどの席を指しているのか一瞬オフビートにはわからなかった。アンダンテも「あれ?」と少し考え込んでいた。 すると廊下のほうからドタドタというやかましい走っているような音が聞こえたかと思うと教室の扉がガラリと開けられた。 「すいません遅刻しました!」 息を切らせながら教室に飛び込んできたのは伊万里と弥生だった。 伊万里はいつもと少し違う教室の空気を感じ取り、前に視線を向けた。その瞬間オフビートは伊万里と目が合ってしまった。 「あ―――――!」 のんびりとシャワーを浴びて弥生の髪を結って朝ごはんを食べていたらすっかりホームルームの時間になっていて伊万里は急いで教室に向かった。まだ半分寝ているかのようにぼーっとしている弥生を背中におぶって全力でここまで来たのだ。 しかし落ち着く間もなく伊万里は驚愕にかられる。教室にあの昨日の少年がいたからだった。 「な、なんであんたがここにいるのよ!」 突然大きな声で転校生に怒鳴る伊万里を見てみんなが騒然としていた。 その少年、オフビートに伊万里は命を助けられたのだ。素性も知らなかった命の恩人が目の前にいて伊万里驚いていた。 「ああ、えーっと。転校生の斯波涼一です。よろしく巣鴨さん」 「・・・・・・伊万里でいいわよ。見ない顔だと思ったら転校生だったのね」 伊万里はこんな偶然もあるんだなと、まるで昔読んだ漫画のようにベタな展開だな、と苦笑していた。 すると、もぞもぞと背中におぶっていた弥生が起きだした。伊万里の声でどうやらようやく目が覚めたようだ。 「う~~ん。むにゃむにゃ・・・・・・あれ、みんなおはよう。あれれ、ここ教室? なんで?」 と空気を読まない弥生の発言にクラス中がどっとわいた。弥生は暫くぽかんとしていたが、すぐに状況を把握し、赤面していた。 「はいはいみんな静かに。さあ、巣鴨さんに藤森さんも席について。まだ出席とってないから今日は特別に遅刻ににはしないわ」 そう言われて大人しく伊万里と弥生は席についた。二人の席は前後同士になっていて、伊万里の左の席は空席だった。そこにオフビートが腰を下ろした。 「お隣同士仲良くしようね、斯波君」 と、オフビートに笑いかけたが、オフビートは適当に相槌を打ってヘッドフォンを耳にあてて曲を聴き始めた。 伊万里はむっとしながらその少しだけ漏れて聞こえる音楽に耳を傾けた。それは十年前に死んだ伝説の洋楽ポップアーティストの曲だった。伊万里はその有名な数曲ぐらいしか知らないが、どうやらその当時は絶大な支持を受けていたらしい。 (そんなすごい人でも、死ぬときはあっさり死ぬのよね) 伊万里はちらりとオフビートの横顔を見つめる。 可愛らしい顔立ちをしているがどこか影があり、なんだかほっとけない感じである。 (それにしてもなんで昨日の事件のときに斯波君は私の能力のこと知ってたのかしら) この不思議な転校生に疑問はつきないが、とりあえず伊万里は目の前の授業に集中することにした。 寝ぼけた頭をふりながら、弥生は机に突っ伏した。 周りの生徒は、まだ眠たいのかノンキなやつだな――などと考えているが、それは違う。彼女は落ち込んでいた。 (あーあ、またやっちゃった。恥ずかしいなぁ。どうして私っていつもこうなんだろう。また伊万里ちゃんに迷惑かけちゃったし・・・・・・) 弥生は自分のこういうところがいやだった。 誰よりもノロマで、誰よりも不器用な自分が。 決して勉強が出来ないわけではないが、彼女は色々と間が悪いのだ。一般としてこの学園に入学できたのはほぼ奇跡といっていい。 ちらりと後ろにいる伊万里を見ると、どうやら伊万里は隣に座っている転校生が気になるようで、弥生の視線に気づいていない。 (もしかして伊万里ちゃんはあの転校生のこと・・・・・・やだなそんなの・・・・・・) 彼女の居場所は伊万里の隣にしか存在しなかった。 弥生が物思いにふけながらふと窓の外を覗くと、向かいの棟になにやら人影が見えた。 それは少女だった。 弥生と同じ年くらいの、同じく双葉学園の制服を着ている少女であった。 その表情は凛としており、目は細く、どこか芯の強さを感じさせ、長く黒い綺麗な髪が美しく際立っている。 こんな授業中にどうして廊下に立ってこっちを見ているのかわからなかった。 弥生は眠い目をこすってもっとよく見ようとしたが、その時にはもうその人影は消えていた。まるで幻のように。 「えー、みんなには今から殺しあってもらいます」 一瞬オフビートにはアンダンテが何を言っているのか理解できなかった。 それどころがクラス全員がぽかんとした表情になっている。そんなクラスの反応を見てアンダンテは頭をぽりぽり掻いてすべったな、と反省していた。 「まったくこのネタが通じないとは、世代を感じるなぁ」 それは昔の映画の名シーンの再現であったが誰も気づくものはいない。 「そんなもんおばさんしかわかんねーっての」 と、オフビートはぼそりと呟いたが、それを見過ごさすに黒板消しをオフビートの頭にぶちあたった。顔が白くなったオフビートを見て伊万里は「バーカ」と口パクで言って笑っていた。 「えっとだねぇ。つまり今日の授業は戦闘実習よ。ちなみに一年と二年の合同実習だから、気を引き締めないと痛い目みるわよ」 クラス中がざわざわと騒ぎ出した。凄まじい戦力を誇る二年生との合同実習なんて、考えるだけでも恐ろしい。このクラスはあまり実力が秀でてるわけではないのだ。 「さあ、みんな体操着に着替えたら第三実習グラウンドに集まるのよ。ストレッチもちゃんとしておかないと怪我するわよ」 そういって手をパンパンと叩いて皆を更衣室へと誘導した。 第三実習グラウンドは、双葉学園の隅にある自然区域である。 だだっ広い荒野のように地形が歪んでいて、奥には小さな森も存在する。リアルな実戦を演出させるためにわざとこのような形に作られた場所である。 そこに一年Z組と、二年のA組が集められていた。みなジャージか体操着姿である。 オフビートはちらりと、伊万里のほうをみる。 伊万里は上がジャージで、下はブルマなので、オフビートは少しドキドキしていた。 (うう、こんな服初めて間近で見たな。なんだかモヤモヤする) そんなオフビートに気づいた伊万里はじろりと睨んでいる。 「何見てんのよエッチ」 「べ、べつに見てねーよ。ただちょっと珍しかっただけだっつの」 「珍しい? ふぅんあんたってやっぱり変ってるわね」 オフビートはその隣にいる弥生にも目を向ける。弥生は伊万里と違って胸の発育がいいのか、体操着がきつく見えるほどだった。 「ひぃ、斯波くんどこ見てるんですかぁ・・・・・・?」 「弥生をへんな目でみるなバカ!」 と、オフビートは伊万里に平手で頭を叩かれる。 二人がそんな雑談しているとまたもアンダンテと二年A組の担任に怒鳴られてしまった。 「あんたのせいで怒られたじゃない」 「へいへい」 オフビートはアンダンテから伊万里と親しくなって常に一緒に行動しろと言われている。監視と護衛のためにだ。だが、伊万里と話していると、なぜかオフビートも少し喧嘩腰になってしまう。本来なら演技でもなんでもして彼女に取り入れなければならないのに、オフビートはまるで任務を忘れているかのように自然に伊万里と接していた。 そんなオフビートは生暖かい目で見守るアンダンテも、やぼったいジャージ姿で生徒たちに指示を仰ぐ。 「えーっと、今日の合同実習はだな・・・・・・ああ、説明するのがめんどいんで、二年の代表に説明してもらうか、水分!」 「はい」 と、まるで水のように透き通った声がその場を支配する。 二年の列から彼女はみなの前にやってきた。 それは黒く美しい長髪に、上品な顔立ちの醒徒会副会長である水分理緒《みくまりお》だった。 一年生の間で歓声が上がる。美しくも、学園で七人にしか与えられない“最強”の称号を冠する彼女は学園中での人気は絶大だった。 それに加え、先日の放火事件での活躍である。 謎の能力者による双葉学園商店街放火事件。異能の炎ゆえに、それは放火と呼ぶのは生易しいレベルのものだった。下手をしたら何十人という死者がでていたことだろう。 しかしその場に居合わせた水分が己の水を操る能力でその強大な炎を消火したという話は既に全校生徒中に知れ渡っていた。 だが、その場にもう一人の協力者がいたことを水分以外誰も知らない。 生徒たちの前に立って、彼女は実習の説明を始める前に少しだけオフビートに視線を向けた。それに気づいたオフビートは美人の彼女に微笑まれて、少しだけ頬が緩んだ。 「なにあんた、水分さんのファンなの? やだやだ、やっぱり男の子ってああいう清楚なタイプが好きなのね」 などとオフビートをからかう。オフビートは少しだけむっとして、水分の手首に目を向ける。包帯が巻いてあり、痛々しい。 「あうぅ。水分さま大丈夫なのかなぁ。ほんとうはまだ安静にしてないと駄目なのにぃ・・・・・・」 弥生は心配そうに彼女を見ている。 彼女の手首の怪我に包帯を巻いたのは水分ファンクラブ会員である弥生だ。他の生徒も水分が心配なようで、ざわざわとしている。そんな生徒たちに気づいたのか、水分はにこりと生徒たちに笑いかけた。 「みなさん心配ありがとうございます。大丈夫です、私は今日の実習は見学させて頂きますから。一応進行役として頑張らせていただきますが」 やはり彼女はまだ実習に参加できるほど回復はしてないようだ。せっかく醒徒会との手合わせができると思っていた生徒もいたようで、残念がってる生徒やほっとしている生徒もいた。彼女が一人いないだけで二年A組の戦力はがくんと落ちるからだ。 「みなさん安心してください。見学になった私の代理を連れてきましたから」 そう言って水分は一人の女子生徒を紹介した。 その女子生徒はきりりとした目つきにきれいに整ったロングヘアの少女だった。 「どうも、風紀委員の逢洲等華《あいすなどか》だ。今日はうちのクラスが自習だったから代理としてこの合同実習に参加することになった。手加減は一切しないからそのつもりで覚悟してくれたまへ」 一年生の顔は一斉に青ざめた。 恐るべき近接戦闘力を誇る風紀委員の逢洲がまさか自分たちの合同実習に参加するなんて思ってもいなかった。穏やかで優しい水分とは逆に自分にも人にも厳しい逢洲を相手にするなんて彼らには辛すぎるようだ。 「まあまあ落ち着きたまへ諸君。今回の戦闘実習は実力差のハンデと、二年の人数が一年より少ないこともあり、一年は三人一組のチームを組んでもらうことになっている。そして二年は一人でその三人一組のチームと戦ってもらう」 この合同実習の目的は、一年のチームワークを育てるということと、二年の単独で複数の相手をするときの訓練ということである。 「というわけで、一年のみなさんは三人チームを組んでくださーい」 水分がそう言って、一年Z組たちはそれぞれチームを組んでいく、オフビートは一人ぽつんとしていた。 (チーム組めったって転校してきたばかりの俺は誰と組めばいいんだ? それに単独任務が基本の俺は演習でもチーム戦なんてしたことないしなぁ) などとぼーっと考えていると、周りでどんどんチームが組まれていく。 ふと、誰かがオフビートの腕をくいっとひっぱった。オフビートが驚いてその方向を見ると、むすっとした顔の伊万里がそこにいた。 「そんなぼーっとマヌケ面してるから誰も組んでくれないのよ。もう、しょうがないわね、今回は私が組んであげるわよ」 「え、いいのか?」 「まーね。昨日の件もあるし、いいでしょ弥生?」 伊万里は既に組んでいた弥生に問いかける。少し間を感じたが、弥生は笑顔で答える。 「う、うん。私も男の子がいると心強いもん。私も昨日の斯波くんの活躍見てたもの」 「おお、ありがとな」 オフビートは素直に礼を述べると、なにやら伊万里は少し顔を赤らめている。 「か、勘違いしないでよね。ただ転校生だし、私たちしかまだ知り合いいないから可哀想だなぁって思っただけよ! 同情よ、同情! ありがたく思いなさい!」 「へいへい、さんきゅーな」 これはオフビートには都合がよかった。監視と護衛の対象である伊万里とはなるべく一緒にいたほうがいいからだ。それに実習などではいつ敵の襲撃があるかわからない。だが、オフビートはそんな打算とは関係ないところで喜んでいた。 それがなぜかは本人にもわからないが、悪い気分ではなかった。 これでようやく一年のチーム編成は完了した。それを確認して水分はあるものを取り出した。 「さあ、みなさんチームは決まりましたね。じゃあこれをつけてもらいます」 「ちょっとこれはダサイわね。子供じゃないんだから・・・・・・」 そう愚痴を言う伊万里の頭には猫耳がちょこん、と可愛くのっていた。 「しょうがないよぅ伊万里ちゃん。水分様の提案なんだから文句いっちゃ」 「まあ、とにかくやるしかないな」 そう言う残りの二人、オフビートと弥生の頭にも猫耳がのっている。一件間抜けな絵だが、これがこの合同実習の要になっているのだ。 この合同実習のルールはシンプルで、この頭のネコ耳を奪われたものは失格で退場になる。 ただし二年はあくまで一人で一年生三人を相手にしなければならない。そしてこの実習では、参加者の気力を上げるためにとある報酬が設けられ、その説明は逢洲からなされた。 「狩った猫耳に応じて学食の食券をやろう。ちなみに、私も今月は食費が厳しいので全力でいかせてもらう」 とのことで、生徒たちのテンションは上がっているが、同時に恐るべき使い手の逢洲の気力もまた上がっていた。 そして実習が始まり、伊万里、弥生、オフビートの三人は森のなかに潜んでいた。 「う~ん、まずどうしよっか。隠れてても戦闘の訓練にはならないし。誰か二年生を奇襲でもしよっか」 「ええぇ、でも戦うの怖いなぁ。このまま隠れてやりすごすのは駄目?」 と、怯えた調子で言う弥生に伊万里は呆れていた。 「なにいってんのよ弥生。やらなきゃ訓練にならないじゃない」 怖がる弥生とは逆に、伊万里は活き活きしていた。強くなりたいと望む伊万里には戦闘実習は望むところだった。 「しっかし。このチームバランス悪いよな。弥生は非能力だし、伊万里の能力だってこの実習じゃ役に立たないだろ」 「そうね、私のアウト・フラッグスは人の死が見えるだけで完璧な予知じゃないけど――」 伊万里が言い終わらぬうちに背後からがさっと音がして、何か人影が飛び出してきた。 「はははは俺は戦闘系異能“アルテミット・スーパー・チャージャー”の使い手の後光院《ごこういん》亮二《りょうじ》だ! 覚悟しろ一年坊主ども――」 だが、勢いよく奇襲をしかけてきた二年生の頭にのっている猫耳は一瞬のうちにふきとんで空に舞った。 ゆっくりと落ちてくるネコ耳を伊万里はなんなくキャッチした。 「でも、腕っ節には自信あるわよ」 伊万里はにんまりと自信満々に笑った。 一瞬その二年生、後光院は何がおきたか理解できなかった。伊万里は手に持った自前の竹刀の薙刀で思い切り薙いだのだ。それは閃光のように素早く後光院の頭のネコ耳だけを吹き飛ばしたのだ。 「ふふん。まず、一個ね」 『二年の後光院亮二、しっかくー。ただちに待機場にもどりなさーい』 ところどころに設置されているスピーカーからアンダンテの声が聞こえる。どうやらネコ耳にセンサーがあるのか、向こうで誰が失格か把握されているらしい。 泣きながらその場を去った後光院を背に伊万里は勝ち誇ったポーズを決めていた。オフビートも弥生も「おおー!」と拍手をしていた。 「さすがギガフ・・・・・・いや、放火魔を追い詰めただけあるな。一人三国志と呼ぼう」 「だれが三国志よ。まあ褒め言葉と受け取っておくわ、私はもっと強くなりたいんだからね」 それから何人かの二年生を倒していくと、昼のサイレンがあたりに鳴り響いた。 『はーい昼休憩よー、みんな一時休戦―』 またもスピーカーからアンダンテの号令がかかり、伊万里たちはふーっと近くの平地に腰をかけた。 「ようやく昼かー。これからの後半戦が肝だねー」 「そうだね伊万里ちゃん。ごめんね、私全然役に立たなくて」 弥生は申し訳なさそうにしていた。実質伊万里がほとんどの二年生を倒していたからだ。そしてそれを支えていたのが、オフビートの絶対防御の異能である。 弥生はただ失格にならないように逃げ迷い、彼らの影に護られているだけだった。 (今日の実習では伊万里ちゃんは非能力者と変らないはずなのにすごいなぁ。それに比べて私は何も出来なくて・・・・・・) 弥生のそんな思いに伊万里は特に気がついていないようで、 「いいっていいって、弥生は私が護るからさ。それよりご飯にしようよ。おべんと、おべんと、楽しいな♪」 と、鼻歌まじりに重箱を鞄から取り出している。オフビートは「そんなに食べても胸に栄養いかないんだな」と軽口を叩いて薙刀で小突かれた。弥生はそんな二人のやりとりを笑いながら小さな可愛いお弁当箱を取り出している。しかし弥生の心の中では、自分のふがいなさに対する自己嫌悪でいっぱいだった。 二人が弁当を用意しているのに、オフビートは何ももっていなかった。 「なによあんた、弁当ないの? ああ、今日実習あるって知らなかったのか。でも木津先生って従姉なんでしょ、教えてもらわなかったの?」 「ん、ああ。いや、弁当ってか食うもんならあるから気にするな」 オフビートはポケットからカプセル型のサプリメントとカロリーメイトを取り出してぽりぽりと食べていた。 「ちょっと斯波君。なに食べてんのよ。そんなんじゃ栄養偏るわよ!」 「いや、ちゃんと栄養素はばっちりだぞ。問題ない」 「駄目よ! ちゃんとしたものを食べなさい! ほら、私の半分あげるから」 伊万里は重箱を開けて、一緒に食べるためにオフビートに身を寄せた。重箱に似合わず中身は色とりどりの可愛らしい弁当だった。 まだ会って間もないはずの二人が、こんなに仲良くしているのを見て弥生は少し顔が曇っていた。 (伊万里ちゃんって普段あんまり男の子と喋らないのになぁ。なのにあんなにくっついて・・・・・・) 「よし、決めた! 斯波君、あんたの食生活は私が正してあげるわ。毎日お弁当作ってあげるからちゃんと食べなさい!」 「は?」 「え?」 オフビートと弥生は同時に頭の上に「?」マークが浮かんでいた。 「だーかーらー。斯波くんのためにお弁当作ってあげるって言ってるのよ。私の目の届くところにいる以上不摂生は許さないわよ」 「いいってそんなの、悪いし」 「平気よ。この弁当も弥生の弁当も私が作ってるんだから、ついでよ、つ・い・で!」 ふふん、と鼻息を荒げてそう言う伊万里はなんだか充実した顔をしていた。反対に弥生は少し目を伏せていたが、誰もそれには気づかない。 (私だけが伊万里ちゃんの手料理を食べれると思ってたのになぁ・・・・・・) 「ふぅん。じゃあせっかくだから作ってもらおうかな。この弁当あんま味しないけど」 「バカ! あんたの味覚がおかしくなってんのよ。化合物ばかり食べてるから軽い味覚障害になってんのね。ちゃんと野菜食べればまたすぐ戻るわよ」 まるで母親が子供に叱るように言い聞かせて、オフビートは苦笑していた。 ふと、伊万里は空を仰ぐ。そこには何も無いのに、ただ目の前の出来事を見たくないだけのようだ。 (ああ、やだな。伊万里ちゃんの隣は私の居場所なのに・・・・・・) やがて昼休憩終了のサイレンが鳴り響き、オフビートたちは弁当を片付けていく。 (こういうのも悪くないな) 今までオメガサークルに支給されたサプリメントや栄養食しか食べてこなかったので、彼には新鮮なことだった。 「さて、と。じゃあ後半戦も気合入れていくか」 「ええ、私は最後まで生き残るわよ」 「う、うん。がんばろうねみんな」 三人がその場を立ち上がろうとした瞬間、なにやら空を裂くような奇妙な音が聞こえてきた。それは常人には聞こえないわずかで、一瞬のことだった。伊万里と弥生にはわからなかったが、オメガサークルの“開発”により、常人よりも鋭い感覚をもったオフビートにはそれを感じることができた。 ばっ、と振り返るとそこには黒い長髪をなびかせて、二刀の木刀を構えた逢洲等華が、今まさに空中でその二刀を三人に振りかぶろうとしていた。 その光景はさながら悪鬼が迫ってくるかのようであった。 「――――!」 逢洲の渾身の力で振りかぶられた木刀の一撃をオフビートは右掌を広げ、それを受け止めた。その凄まじい攻防でびりびりと大地が揺れる。逢洲の木刀はオフビートの右手に思い切り弾かれ、逢洲も空中に弾き飛んだが、逢洲は空中でくるくると回転して脅威のバランス感覚をもってして近くにある岩場に見事に着地した。まるで大道芸人のようだ。 凜とした表情の逢洲もまた可愛らしいネコ耳をつけているのが、似合っているのか似合っていないのか判断がつきかねるところだ。 「私の奇襲に感づいて防御するなんてなかなかやるじゃないか。さすがは噂の転校生ってところだ」 「あ、逢洲先輩・・・・・・」 (“確定予測”の逢洲等華・・・・・・か。またやっかいな相手がきたな) そこにいた一年の三人全員が目の前の女生徒に慄いていた。 乱射魔の “デンジャー”と並んで鬼の風紀委員と呼ばれる逢洲に白兵戦において右に出る物はいない。 彼女の能力“確定予測”も伊万里と同じく予知能力の一つで、一瞬先の未来を予測することができ、この実習の性質上彼女の能力は非常に有利と言える。 「ふーん。しかし木刀とはいえ、私の攻撃を弾き返すなんてね。水分さんの言うとおりすごい能力だな」 逢洲はじろりと、オフビートの両掌を見る。それはかすかにだが輝いていた。オフビートは高周波のシールドを掌に展開させ、その分子の振動により掌が光って見えるのだ。 オフビートの異能である“オフビート・スタッカート”は絶対的な防御を誇り、その掌に触れるものはそれが何であろうと拒絶され、遮断される。 彼のこの異能はオメガサークルによって底上げされた違法の力である。 「逢洲先輩・・・・・・。副会長から俺のこと聞いたんですか?」 「うむ。それで一度手合わせしたいと思っていたところでね。滅多に無いチャンスだからこちらも全力でいかせてもらおう。だがその前に――」 ふっ、と逢洲の姿がオフビートの視界から消えた。だがそれは本当に消えたわけではなく目にも留まらぬ速さで跳躍し、気づいた頃には既にオフビートの背後に移動していた。 その逢洲の手にはネコ耳がぶら下がっており、そこにいた弥生の頭にはネコ耳がなくなっていた。 「キミらも足手まといは邪魔なだけだろう。さあ、これで思う存分戦えるぞ」 「え・・・・・・え?」 弥生は何が起きたのか、一体いつネコ耳をとられたのかすらわからなかった。だが、これで弥生の退場を確定してしまった。 『一年の藤森弥生―しっかーく』 と、またもアンダンテのやる気のない声が響いた。 弥生は半泣きの状態でとぼとぼと無言のままその場を立ち去った。最後に「ごめんね・・・・・・」と呟いたが、とても小さくか細いその声は誰の耳にも届かなかった。 「逢洲先輩・・・・・・よくも弥生を・・・・・・あの子泣いちゃってたじゃないですか」 「ああ、誰かと思ったら薙刀部期待のホープじゃないか」 「巣鴨伊万里ですよ。いつも部活で世話になってますけど、今日は私も本気でいきますよ。弥生の仇も討たせてもらいますからね」 伊万里は薙刀を逢洲に向けて構えた。 逢洲は時々、薙刀部に顔を出して後輩の指導をしていた。そこで伊万里は逢洲と面識があったようだ。だが、それゆえに伊万里は逢洲の底知れぬ実力をよく知っていた。 逢洲が弥生をすぐに狙ったのは、彼女を煽り、本気を引き出させるためでもあった。逢洲としても同じ予知能力者として、入部一年にして薙刀部の実力者である彼女と刃を交じ合わせたかったのだ。 オフビートは両手を広げ、逢洲も両刀を下段に構えた。 「さあ、闘争を始めよう」 後編へ進む トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/aren1202/pages/146.html
奈々の年、九の月、一の週に勃発した、魔法生物の大発生、及び学園内における戦闘・混乱事件。 経緯を話せば長くなるが、省略すると「淫獣・モルボル・大暴れ」、わずか三秒で説明できる。 事件発生は深夜。男子生徒の一人が「夜食持ってきたぞ」と黄色い缶詰を寮に持って来たところ、中身はなぜかモルボル。 計7体のモルボルは驚愕する男子生徒たちを振り切って逃走。同時に放送部による警報が発令。危険を察した女子生徒たちは、すぐさま女子寮に多重結界を張って篭城する。 この事件がただの掃討戦にならず、混沌とした大騒動へと発展していった最大の理由は、発生したのがよりにもよって 触 手 生物モルボルであったこと、その一点に尽きる。 女子生徒の避難が完了した直後、ある男子生徒が何を思ったか、全魔力を消費してモルボルに対し強化魔法をかける。 それを見た男子生徒が数人、「俺も俺も」と賛同。結果、7体中3体のモルボルが<グレート>化し、モルボル4、<グレート>1体が結界を突破。女子寮に突入。ここから事態は混沌化する。 モルボルを強化した男子生徒三名は魔法戦術科の臨時講師タカマチ教授により拘束され、女子は怒り狂い、ルヒオラは逃げ遅れ、ユーノがキレて暴れまわる。男子はドサクサに紛れて女子寮へと潜入し、ルヒィやアンを守ろうと、実に輝いた目をしながら彼女らの元に疾走し、おまけに学園サイドは全く手を出さない。 生徒たちは指揮系統がないまま各々別個にモルボルと交戦。結果的に戦闘は長引き、夜明け前にようやっと収束する。 最終的には、倒されたモルボルが合体したファイナルモルボルゾンビとその汚染を、アルコールランプの燃料で酔っ払ったルヒオラの召還魔術、ニーサン教授の魔方陣による浄化作用が食い止め、欲望にまみれたモルボル騒動終了。完膚なきまでに破壊された学生寮は学園長の魔法で修復され、翌日には何事もなかったように授業が再開された。 結局発動しなかったゾロ目魔法バーニング・ダーク・フレイム・オブ・ディッセンバー、打たれるだけ打たれて使われなかった熱冷めぬ槍、守る会に守られ最後まで熟睡していたエル君、結局顔すら出さなかった会長リア、一人だけ頑丈なシェルターに隠れていたマユラなど、語るべきエピソードが多くある。 個人的見所はユーノ全力のギガンティック・ボルケインと、トランスの登場、ニーサン教授とどめの分解魔方陣。 缶詰から現れたというあまりに突発的なモルボルの発生、学園全体を揺るがす騒動であったにも関わらず、教授陣の動きが少なかったこと、等から、今回の事件は学園側が緊急時の生徒の動向を見守るための計略だったのではないかという噂が流れている。 ちなみにモルボルは小型化・改良されてノーヴの大庭園に植えられた。 参考資料「魔法学園04 その7」「魔法学園04 その8」(学園大図書館・資料閲覧室)
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/117.html
怪物記 第一話【死出蛍】 兄ちゃん、蛍はなんで死んでしまうん? ――節子 F1という競技はそれより下位のF3などとは大きな違いがある。出場選手やスタッフのレベルの差もそうだが、マシンレギュレーションの違いだ。F3カーのエンジンの排気量は2000ccだがF1カーに搭載されるエンジンの排気量は2400ccだ。だからF1カーとF3カーがレースすればまず間違いなくF1カーが勝つ。いささか回りくどくなったが、私が言いたいのは性能差は埋められないということだ。要するに、 「君達……もう少し、加減して、歩く気は、ないか……?」 双葉学園都市の生徒と比べればF3カーはおろか原付程度の私の体力はもはや限界だった。現に彼女らと20メートルは距離が開いている。 「学者さん、いくらなんでも体力なさすぎですよ」 「こんなジャングルの中を30kmも歩けば普通は疲れ果てる……」 私の体力はあくまで人並みだ。もっとも、人並みはずれた面々から見れば貧弱もいいところだろうが。 「何にしろこのペースで歩き続けるのはもう無理だ……。ペースを緩めるか休憩するかしないことにはもう歩けん」 「でも早く問題のラルヴァ見つけないと夜になっちゃいますよ?」 「ラルヴァ……か」 人類はラルヴァと呼ばれる生物と戦っている。 もっとも、彼らは生物というくくりには収まらない。彼らは獣のようであり、怨霊のようであり……人のようである。 彼らとの戦いは世界の『裏側』でずっと昔から続いている。それこそ人類が文明をもったころから続いているらしい。世界各地の伝説や伝承の類――雪女やミノタウロスなどは当時のラルヴァのことを綴ったものだとも今では考えられている。それらの伝説や伝承の中、そして世界の『裏側』にしかいなかったラルヴァの有り様は二十年前から大きく様変わりした。 まるで器の中から水が溢れ出すようにラルヴァは『表側』に現れ始めたのだ。今の世界にはラルヴァが溢れている。しかしこの国でそのことを知る人間の数は決して多くはない。大多数の国民は情報統制に遮られ、ラルヴァの存在を知らない。知っているのは遥か過去からラルヴァと戦い続けていた人間――『裏側』の異能力者と、彼らと接触をもつ『表側』の政府。そして、彼らに育てられる異能力者の少年少女――双葉学園都市の学生たちだ。 彼らは学問やラルヴァに対抗する術を学ぶ学生であると同時に、『表側』の世界を襲うラルヴァと戦う戦士でもある。日本の各地でラルヴァが出現した際には現場に急行し、ラルヴァを討伐する使命を帯びている。 だが、彼らに同行する私は双葉学園の学生ではない。『裏側』の異能力者でもない。ラルヴァを研究する一人の科学者だ。双葉学園の学生たちがラルヴァの起こす事件を解決するために現場に出向くとき、研究のために同行する。 そう、今回のように……だ。 「……休憩がてらに今回の事件を再確認してもいいか?」 「既に休憩は決定事項なんですか……。しょうがないですね。みんなー! ちょっと休憩するよー!」 彼女の号令で今回のラルヴァ討伐パーティの面々が思い思いの姿勢で休憩する。仲間と雑談するのもいれば木に背中を預けて寝ているのもいる。……中には「何でこの程度で休憩するんだ」と非難がましい目で私を見ているのもいるが。 「それで今回の事件の確認でしたっけ?」 「ああ。私が事件のあらましを覚えている限り話す。それに修正や追加があったら言ってくれ」 「はい、わかりました」 事件の分類は【変死事件】。ラルヴァが起こしたとされる事件では一番件数が多い事例だ。 最初の被害者はここで働いていた女性従業員。一週間前から姿が見えない。以後の事件の被害者と同様に死亡したと推定されている。 第二の被害者はここの男性従業員。六日前の終業時間になっても姿が見えず、翌朝ミイラになってるのが発見された。外傷はない。 第三の被害者は第二の被害者の変死事件を調べていた警察官。捜査に当たっていた警官全員がミイラになって発見された。発見時刻はやはり朝。警官たちが拳銃を発砲した形跡はあったが弾丸は全て土や木に埋まって発見された。 かくしてこの変死事件はラルヴァによるものという見方が強まり、刑事事件から双葉学園預かりのラルヴァ事件となった。 「しかし半日かけての捜索も成果なし、か」 「はい。でもこの事件は早く解決しないといけません」 「なにせ現場が“こんなところ”だからな」 私は周囲の鬱蒼としたジャングルを見回した。しかしここは日本であるし屋久島でもない、普通こんなジャングルはない。さらに言ってしまえばこのジャングルは本物のジャングルじゃない。ここは 「ラルヴァもなんでまた遊園地のアトラクションなんかに出現したんだか」 ここはN県にある地方遊園地の中だ。人口のジャングルはこの遊園地のアトラクションの一つであり、実際には直径1km程度とそう大した広さではない。 しかし件のラルヴァは姿を見せず、おかげで延々と歩き回って結局30kmも歩く羽目になった。 「今日は変死事件の調査ってことで警察筋から閉園にできてますけど、そう何日もは無理ですよ。 ここは普通の遊園地で営業者も従業員も誰一人ラルヴァのことは知らないんですから」 そんなわけでこの事件はスピード解決が求められている。今ここにいるのは私を含めて六人だが、数十人の学生が遊園地中を手分けして捜索している。私はラルヴァが隠れるならここだろうと踏んでこのグループに同行したが、ラルヴァは姿を見せない。 「それにしても、こんなに見つからないなんて……ホントにラルヴァがいるんでしょうか?」 「いるさ。それだけは疑いようがないし、どんなタイプのラルヴァがこの事件を起こしたのかも既に想像がついた」 「え?」 「ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定だな」 「銃弾が全て土木の中から発見されたということは『発砲はしたが当たらなかった』ということ。 この時点でラルヴァのカテゴリーは物理攻撃をすり抜けるエレメントか、高速移動で回避するタイプかに絞れる。 次に被害者が全て外傷もなくミイラ化していたのは生気吸収によるものと推測できる。 そういった生気吸収はカテゴリーエレメントの十八番であるし、ビーストやデミヒューマンが同じことをしようとすれば被害者は大なり小なり外傷を負う。 連中は生気を吸収するタイプでも噛みつきか握首を行うからな。よってカテゴリーはエレメントに特定。 また被害者が全て朝になってから発見されたというのも大きい。 恐らく、夜間の発見者は発見した被害者と同様に生気を吸われて殺されている。 つまり第三の被害者である警官たちは夜間も事件の捜索をしていたために、殺しつくされた。 しかし朝の発見者は殺されていない。このことから対象の活動時間は夜間限定であると断定できる。 それらの総合的な結論が『ラルヴァのカテゴリーはエレメント。特性は生気吸収。行動時間は夜間限定』だ」 「…………」 推論を述べ終えたとき、彼女や彼女のパーティメンバーはポカンとした顔で私を見ていることに気づいた。……どこか間違えただろうか。まぁ、外傷なしで生気吸収する新種のデミヒューマンという線もないではなかったが……。 「さすが探偵さんですね、びっくりしました」 「いや待て。私は探偵じゃないぞ、学者だ」 しかしながらシャーロック・ホームズの趣味は化学実験という設定なので両者は案外近いのかもしれないが。 「あら? でも夜に活動するラルヴァってわかっていたなら何も昼間に動き回らなくても良かったんじゃないですか?」 「科学者というのは仮に九割の確度で正しいと思っていても、後の一割を確かにするために実験を重ねるものだからな。 昼間に歩き回って何も出てこなかったおかげで夜間限定のラルヴァだと断定できた」 そう、ようやく断定できた。 「さあ、そういうわけで、だ。夜間まで待つとしようじゃないか。正直なところこれ以上歩くと肝心の夜に歩けなくなる」 私の足腰は座ったまま立てないほど限界だった。 果たして夜中になってラルヴァは出現した。 「ほたる……?」 木の中から一円玉程度の青白く光る球体がふわふわと浮かび上がってきた。たしかに、何も知らずに見れば蛍に見える。 「【死出蛍】か……予想外だな」 「しでぼたる、ですか」 「カテゴリーエレメント、下級Cノ5だ」 ラルヴァはその強さや知能によってカテゴリからさらに細かく分類される。下級Cノ5は『現代兵器が通用し』『単細胞生物レベルの知能で』『自然災害レベルで存在するだけで人を殺す 』だ。 「下級でCで5? それっておかしくないですか」 「そうだな。普通5という等級は圧倒的な力をもったラルヴァに与えられるものだ。 しかし死出蛍はその例外に当たる。極めて弱いが、存在するだけで人を殺す。 こいつらは近づくだけで人の生気を吸収するからな。まぁ、普通は触られても軽度の栄養失調程度で済む」 死出蛍はラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァだ。これといった意思もなく現代科学で対処可能だが、いるだけで人に危険が及ぶ。稀に死ぬ。感染しないインフルエンザのようなものだ。 「そもそも対処法さえ知ってれば何も怖くないラルヴァだ。まぁ、拳銃は効かないが」 私は持ち込んだ懐中電灯を点けて対処法を実演して見せた。懐中電灯の光で、死出蛍の青白い光を包み込む。すると、 「あ!」 懐中電灯の光が過ぎ去ったとき、死出蛍は消滅していた。 「死出蛍は自分よりも大きく強い光に包み込まれると消滅する。懐中電灯を持っていれば子供にだって倒せるラルヴァだ」 数多いるラルヴァの中でも最弱のラルヴァといっても過言ではない。その脆弱さ、低い危険度、まだ野犬の方が危険だろう。 しかし……だからこそ、解せない。先ほど述べたように普通は死出蛍に触られても軽度の栄養失調になるくらいだ。死ぬなんて事態は滅多にない。だというのに……この事件は人が死にすぎている。たかが死出蛍で何人も人が死ぬわけはない。そもそも警官たちとて夜間に捜索をしていたのだから当然懐中電灯は持っていたはずなのに、なぜ……。 「……学者さん」 「なんだ?」 「死出蛍って群れますか?」 「ん? ああ、群れる。と言ってもラルヴァの一種だ。ある特殊な条件下でなければせいぜい十かそこらだろう」 「じゃあこれって特殊な条件下ですか?」 「……何?」 彼女が指差したのはこの周囲の木々……否、 「なるほど。たしかにこれだけ集まれば死ぬほど生気を吸われるな」 眠りから目覚めるように木々の中から浮かびだす、数百数千もの死出蛍の群れだった。 「しかし、なんとも……すごいなこれは」 呆れと感心が半々の心境で私は死出蛍を見ていた。数千匹の死出蛍の群れは今も続々と数を増し続けている。夜行性とはいえ、これだけいてよく昼間一匹も見なかったものだ。……ああ、そうか。日が昇ると木に隠れない奴は消えてしまうのか。 「感心してる場合じゃないですよ学者さん!?」 口調こそ慌てているが彼女と彼女のパーティの動きは機敏だった。先刻説明した『接触すると生気を吸われる』、『大きく強い光に包み込まれると消滅する』という二つの情報を有効に使い、距離をとりつつそれぞれが携行した懐中電灯の光を当てて死出蛍を消していく。さすが双葉学園都市の生徒。場慣れしている。 「ところで君達は異能を使わないのか?」 「あたしのチームは全員身体強化系の異能ですから!」 なるほど。道理で昼間あれだけ歩き回ったのにまったく疲れないと思った。 「となると逆に死出蛍で良かったということか」 エレメントに物理攻撃は効かないが死出蛍は懐中電灯があれば倒すことができる。この分ならじきに…………待った。 「だから……これで倒しきれるなら警官は全滅なんてしやしない」 ラルヴァの存在を知らず、気が動転していたとしてもこの暗闇で懐中電灯の光を当てれば死出蛍の弱点は分かる。しかし警官は全滅した。即ち、死出蛍にはまだ秘密が…………あった。 懐中電灯に照らされて徐々に数を減らしていた数千の死出蛍。奴らは示し合わせたように一箇所に集合し ――そのまま一匹の巨大な死出蛍と化した。 小さな球体が巨大な球体を成す様はまるで原子の結晶構造のようだ。一匹一匹は一円玉程度の大きさだった光球も寄り集まって、今では運動会の大玉の数倍は大きい。 「納得した。これではもう懐中電灯ではどうしようもない」 私も生徒たちも懐中電灯の光を当て続けているが、まったく効く様子がない。それはそうだろう。今の死出蛍の光は懐中電灯などよりも遥かに大きく強い。加えて、今の巨大化した死出蛍に触れられれば一瞬でミイラと化してしまうはずだ。さらに不味いのは、 「……やっぱりなぁ」 「あの、学者さん? やっぱりって?」 「さっき死出蛍のことをこれといった意思もなくと言ったが、あれには若干誤りがある。 動物以下の微生物並みのCランク知性と言っても、微生物並みには知性があるんだ。 食べ物を探す程度の知性は持っている」 「つまり……?」 「デカくなって大食らいになった死出蛍には我々がご馳走に見えているだろうな」 巨大死出蛍はゆっくりと動き出し、 次の瞬間には最高速で突撃してきた。 「退避ーーーーーー!!!」 彼女の退却指令に彼女のパーティが一斉に駆け出す、と同時に私は彼女に背中におぶられていた。『さすが身体強化系。私一人くらいへっちゃらだ』や『男としてはいささか恥ずかしい格好だな』など思うことは多々あったが何よりしみじみと思うことは、 「……背負われてなかったら私は今頃ミイラの仲間入りしていただろうな」 現在彼女と死出蛍の両者とも推定時速50kmオーバー。『表側』の陸上世界記録が足元にも及ばない一般道路の制限速度ギリギリのスピードだ。自分の足で逃げてたら一秒で死出蛍に追いつかれて生気を吸い尽くされていただろう。身体強化特化のパーティに同行してよかったと心から安堵する。 「それで学者さん! これからどうしましょう! 死出蛍には光の他に弱点ないんですか? あたし虫除けスプレー持ってますけどこれ効きますか!?」 「ハッハッハ、面白いことを言うなぁ黄みは」 死出蛍という名前でもあれは昆虫型のラルヴァではない。そもそも効く効かない以前に虫除けスプレーじゃ駄目だろう、殺虫剤じゃないんだから。 「光以外に明確な弱点はない。あとは他のエレメントと同様に異能で片付けるしかない。 だから手としてはこの遊園地に来ている他のグループの超能力・魔術タイプの異能力者に任せるか……」 「か?」 「懐中電灯と比較にならない光量を当てるしかない。 君、フラッシュグレネードか閃光玉か太陽拳を持ってないか?」 「そんなの用意してないですよ」 「そうか。なら」 するべきことは一つ。 「逃げよう」 「はい」 私を背中におぶったまま彼女達は死出蛍から逃走する。逃走を開始してすぐにアトラクションのジャングルを抜け出し、今は舗装された園内の道路を走っている。お互いに全力で動いてるのだろうに両者とも時速50kmからまったくスピードが落ちない。私は『やはり異能力者とラルヴァはすごいな』と子供のようにぼんやりと考えていた。 ただ死出蛍はこれが最高速度なのだろうが、彼女は全力でこそあれ最高速度ではない。私という荷物を背負っているから逃げ切れない速度でしか動けないのだ。その証拠に彼女の仲間は先行して前方にいる。 さて、どうしたものか。少なくとも彼女の背から飛び降り自ら死出蛍に食われることで彼女の負担をなくすという選択肢はない。死ぬのはごめんだし、そんなことされたら彼女達もトラウマだろう。 やはりここは彼女に頑張ってもらうしかあるまい。頑張れ。 「学者さん! 他のグループと連絡が取れました!」 彼女は器用にも私を背負って全力疾走しつつ片手で通信機を使って他のグループと連絡を取り合っていた。 「超能力・魔術タイプの異能力者は?」 「いました! もうじきこちらに到着します……来ました!」 彼女の言葉とほぼ同時に車のエンジン音が私の耳にも届いた。一台の軍用ジープが交差した路地からやってきてこちらに並走する。その軍用ジープは最年長らしい男子学生が運転し、後部座席から三人の女子学生がルーフのない車内から身を乗り出している。 三人は死出蛍へと狙いを定め――超能力・魔術の力を死出蛍に向ける。不可視の念動が、極北の冷気が、炎の円盤が死出蛍を攻撃する。不可視の念動は死出蛍の少しだけ後退させ、極北の冷気は死出蛍の速度を若干緩め、炎の円盤は死出蛍を真っ二つに引き裂く。が、あっという間に再び結合して元通り。 要するに効いていないのだ。 「はぁ!?」 ジープを運転していた男子学生が驚愕の声を上げる。ああ、私も驚いた。 「弱いラルヴァだと思っていたが……。 懐中電灯で死滅するくせに異能に対してこれだけ高い耐性があるとはな。 なるほど、5の等級だけでなく下級の等級でも例外だったか」 「だから感心してる場合じゃありませんって!?」 まったく応えた様子もない死出蛍は我々を追い続ける。 「異能が効きづらいとなるとやはり光しか倒す手段はないか……」 しかし、そんな光源をどこから用意すればいいんだか。 「ちなみにそちらはフラッシュグレネードか閃光玉か太陽拳を持ってないか?」 駄目元でジープを運転していた彼に尋ねてみたが、 「ねえよ! つうか太陽拳って技じゃねえか! 天津飯かよ!」 やはり駄目だった。それも今度はツッコミまでついていた。 さて、どうしたものか。まぁとりあえず今すべきは……データ収集か。 「君達、頼みがあるんだがもう一度攻撃してみてくれないか、と」 最初からそのつもりだったのか彼女たちは私が言い終えるころには既に死出蛍を攻撃していた。しかしやはり念動は多少のノックバックをするに留まり、冷気は進行速度をわずかばかり緩めるに過ぎず、炎の円盤は死出蛍を切り裂くもすぐ復元されてしまう。 「……ふむ」 なるほど。なるほど。なるほど。 “二回とも同じだった”。おかげで合体した死出蛍の耐性は大体分かった。推測どおりなら……、 「聞きたいんだが、虫除けスプレーはどこにある?」 「え?」 「さっき虫除けスプレーを持ってると言っただろう?」 「ポーチの中ですけど……」 「少々借りるぞ。あと、悪いが少し動く」 彼女の腰に装着されているポーチを開き、中から虫除けスプレーの缶を取り出す。缶の横面に書かれた『火気厳禁』の注意書きを読み、私はおもむろに懐からライターを取り出す。同時に身体を捻って自分の上半身を死出蛍の方へと向かせる。 「きゃっ! なにを」 「あの生徒が放った炎の円盤が死出蛍を真っ二つにするのを二度見た。 二回ともすぐに修復したのでご覧の有様だが、一時的にとはいえ分裂したのは確かだ。 ではなぜ分裂したのか? 高速回転する円盤が切断したのか? いや違う。運動エネルギー……物理攻撃はエレメントに何のダメージも与えない。 切断したのは……炎の高熱だ」 私はスプレーのノズルの先端を死出蛍に向け、 「高い熱エネルギーを受けることで元々は群体である死出蛍は一時的にその繋がりを断たれる ようだ。無論、またすぐに元に戻るわけだが……」 スプレー缶の手前に点火したライターを添える。 「熱エネルギーを受ければ部分的に合体が解けて分裂して小さくなってしまう。 炎で包める程度には、な」 私がスプレーのトリガーを押し込むとノズルの先端から高圧ガスによってスプレーの微粒子が噴出し、 ライターの火が着火して即席の火炎放射器となった。 「推測どおりだ」 炎の高熱に炙られ、巨大死出蛍がボロボロと崩れだす。バラバラにされたところでまた合体することなど容易な死出蛍の分体はしかし、炎に包まれて徐々に消えていく。なぜなら 「簡単な科学の問題。燃焼という現象のエネルギー変換を説明せよ」 「? えっと、化学エネルギーから熱エネルギーと音エネルギーと……あ!」 「光エネルギーだ」 熱エネルギーで元の小さな光球に分裂した死出蛍を炎という名の光が包み、消滅させていく。私が虫除けスプレーで簡易火炎放射器を作ったのと同様に、車の女子学生たちも虫除けスプレーやヘアスプレーを取り出し、炎の円盤の少女が点火することで火炎放射を死出蛍に噴きつける。 良い子は真似しないで頂きたい。 徐々に徐々に磨り減っていくというのに微生物並みの知能しか持たない死出蛍は我々を追撃することをやめず、結果として総体積を減らし続ける。死出蛍はもう、詰んでいた。 「そういえばこんな諺があったな」 「飛んで火に入る夏の虫、だ」 スプレーの中身を使い切るまで火炎放射した結果、死出蛍は一匹残らず消えてなくなっていた。 「終~了~!!」 ジープを運転していた男子学生のその言葉が合図になって私は彼女の背から降ろされ、生徒たちもようやく終わったと息をついた。 「……まぁ、まだ一つ残ってるんだが」 「残ってるって何がですか学者さん?」 私の独り言が聞こえたらしく彼女が私に尋ねてきた。 「死出蛍の群れが出る前に話していたことだが」 「?」 「死出蛍は通常多くても十匹程度の群れしか作らない。……ある特殊な条件下でなければ」 「その条件って」 「それは“現場”に戻ってから話そう。君、すまないがジープに乗せてくれないか。おんぶを頼むのも気が引けるのでね」 数分後、我々は死出蛍と遭遇した場所であり、被害者たちが殺された場所であるジャングルのアトラクションへと戻っていた。ジープを降りて全員でジャングルの中を歩く。 「おっと……」 逃げるときは背負われていたので気づかなかったが夜間の鬱蒼としたジャングルは中々に歩きづらい。うっかりすると足を取られて転びそうになるので注意しながら歩いていく。 だがそうして歩いていたとき、ぐにっ、と足元から柔らかい感触が返ってくる。 「…………」 “踏んでしまったかもしれない”。 私は恐る恐る足を動かし、今しがた踏んだ地面に懐中電灯の光を当てる。暗いのでわかりづらいが私が踏んだあたりは心なし地面の色が他と違う。それに土の表面が随分と柔らかそうだ。まるで……最近一度地面を掘り返したかのように。 「この事件のことを、もう一度確認してもいいかな?」 「? はい、構いませんけど」 「最初に事件が起きたのは一週間前。この遊園地で働いていた女性従業員が行方不明になった。 翌日、やはりこの遊園地で働いていた男性従業員の姿が終業時刻から見えず、翌朝ミイラに なって発見された。このことから最初に行方不明になった被害者もまた同じように変死して いると見られ、第一の被害者とされた」 「はい、この事件の被害者たちは死出蛍に生気を吸われて殺されたんですよね」 「それなんだがな……第二の被害者と第三の被害者はともかく……第一は違うかもしれん」 「どういうことですか?」 私は彼女と話しつつ、慎重に靴を動かして色の違う土を少しずつどかしていく。 「さっきは途中になったが、死出蛍が十以上の群れを作るには特殊な条件が整っていなければ ならない」 土をどかしていくと、土とは違う若干硬い感触がした……この靴は後で捨てよう。 「その特殊な条件下とは……」 土をどけ終えると、その中からあるものが文字通り顔を出した。それは……、 「新鮮な“他殺”死体が近くにあることだ」 地中の微生物に食われて腐乱した女性の死体。 この変死事件の最初の被害者だ。 翌日、私は双葉学園都市内に借り受けている自分の研究室で死出蛍の事件のことを留守番していた助手に話していた。 「これは私の推測になるが恐らくあの女性を殺したのは第二の被害者だな」 「はぁ、何でですかー?」 「痴情のもつれか、金銭トラブルか、そんな事情は知ったことではないが彼は彼女を殺した。 突発的な殺人だったのだろう。遺体を処分する準備など何もせずに殺してしまった彼は、 ひとまず彼女をあのアトラクションのジャングルに埋めた。準備を整えるまでの急場しのぎ としてな」 「無計画ですねー」 「まったくだ。翌日、遺体を処分する手筈を整えた彼は彼女の遺体を掘りおこすために再び 深夜にあの場所を訪れた。だが運悪く彼女という他殺死体を苗床に繁殖した死出蛍に襲われ、 ミイラ第一号になったわけだ。まぁ、彼に関しては自業自得だな。 可哀そうなのは第三の被害者である警察官達だと私は思うね」 「ご冥福をお祈りしますー」 「しかし、こうして推測を続けたところで殺人事件のほうの真相を知る術はないな。 この事件はラルヴァ事件になってしまったのだから警察としては迷宮入りだ」 どちらにしろ加害者は死んでいる。見方によっては殺された女性が復讐したとも言えるだろう。死出蛍にしてみればただ単に繁殖と食事をしていただけなのだろうが。 「死出蛍は生きている人間の生気を吸って生き、他殺死体を使って繁殖する。 何故他殺死体でなければいけないのかはまだわからない。 殺された人間の怨念でも吸うことで繁殖するのか、それとも単なる習性なのか。 何にしても、傍から見てる分にはまるで死者の魂が蛍に変ずるかのような光景なのだろうな……」 蛍は古くから人魂を連想させる生物だ。以前観た映画でも死者を荼毘に付したときの火の粉が蛍を連想させるシーンがあった。 「センセも死んだら蛍になりますかー? この夏の見ものですねー」 助手の脳内では俺の命は夏までなのだろうか。 「生憎だがそんなに早く死ぬ気はないな」 「私はまだラルヴァを知り足りないのだから」 第一話【死出蛍】 了 登場ラルヴァ 【名称】 :死出蛍 【カテゴリー】:エレメント 【ランク】 :下級C-5 【初出作品】 :怪物記 第一話 【備考】 :ラルヴァの等級付けの隙間に存在するラルヴァ。 これといった意思も無く現代科学で対処可能だが、 近づくと生気を吸われるのでいるだけで人に被害が及ぶ。 普通は軽い栄養失調になる程度だが稀に死ぬ事例もある。 自分より強い光に包み込まれると消滅する。 懐中電灯を持っていれば子供でも対処可能。 通常は群れても十匹程度だが、他殺死体があると繁殖して数を増す。 過去に確認された動物の死体での繁殖数は百匹ほどだったが、 人間の他殺死体の場合は数千匹を超えることが確認された。 数を増すと集合・合体し一匹の巨大な死出蛍となる。 この状態になっても光が弱点である。 また、強い熱にさらされると一時的に合体が解ける。 ただし、光と熱以外には強い耐性を示す。 登場キャラクター 学者 【名前】 語来 灰児(カタライ ハイジ) 【学年・クラス】 ラルヴァ研究者 【性別・年齢・身長・体重】 男・25・182cm・63kg 【性格】 物事の視点や考えを周囲に左右されない。そして何よりも理屈屋。 【生い立ち】 大学を飛び級で卒業後に日本政府直属の研究所に就職した後にラルヴァの生態研究専門の研究者となる。 【基本口調・人称】 年上に対しても年下に対しても目上に対しても目下に対しても学者然とした順を追ってはいるが回りくどい話し方をする。 一人称:私 二人称:君 一人称複数形:我々 二人称複数形:君達 【その他】 学園都市に研究室を借りて滞在し、能力者がラルヴァと戦う際に同行し、ラルヴァを観察する。 学園都市に来る前からの助手が一人いるが、彼以外誰も姿を見たことがない。 夏でもブラウンのロングコートをはおり、内ポケットにライターや懐中電灯など色々なものをしまっている。しかしフラッシュグレネードと閃光玉と太陽拳は入っていなかった模様。 夏場は保冷剤が仕込んであるのでコートを着込んでいても内側は涼しい。 【久留間戦隊(クルマセンタイ)】 怪物記一話にて灰児が同行したパーティ。 リーダーは久留間走子(クルマ ソウコ)。 五人のパーティメンバー全員が身体強化系の異能力者であり、高速・高機動の連携徒手格闘戦を得意とすることで知られている。そのためビーストには強いが、エレメント、特に接触による生気吸収を行うタイプの相手は鬼門である。 実戦経験は多く、戦績も中程度。 【TeamKAMIO】 怪物記一話にて援軍に到着したパーティ。 リーダーは上尾慶介(カミオ ケイスケ)。 四人のパーティメンバーは異能力者でないカミオと三人の少女異能力者という構成。 上尾の軍用ジープにパーティメンバーを乗せることで足の遅い異能力者をカバーする戦術を取る。 オンロードオフロード屋外屋内を問わず自前のジープで走破する。 その際に公共物を破壊してしまうことも多い。 登場ラルヴァページへ トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/973.html
4 「ゲホッ、ゲホッ!」 ピンクを基調としたなんとも可愛らしいパジャマの女の子。彩子は自室のベッドで上体を起こし、本を読んでいた。時折激しく咳き込んでしまう。 「あんにゃろ、思いっきりウィルス移していきやがったな」 昨日は厄日といっていいぐらい災難続きだった。昼休みにクラスメートと遊んでいたら、謎の二人組みにいきなり襲われてしまった。強烈なスタン攻撃と×××××のウィルスを二重にもらい、体が悲鳴を上げる。体育倉庫の脇でくたばっていたところを、拍手敬や笹島輝亥羽らクラスメートに発見され、保健室に運ばれていったのだ。 二時間ぐらい眠ったら少し楽になったので、襲ってきた二人組みのことを保健室の教諭に話したのがさらなる地獄の始まりであった。特に「エリザベート」という言葉を発したとたん、醒徒会・風紀委員・異能警察のお偉いがたが来るわ来るわ、合計して三時間以上も事情聴取につき合わされてしまった。二十一時に幸子の車に乗せられて帰宅したときには完全に死んでいた。 「勉強遅れちゃうじゃないの」 むすっと窓の外を眺める。今日も夏場らしいいい天気だ。時刻は午前十時。こうして家に引きこもっているのがもったいないぐらいの、気持ちのいい朝だった。 きらっと何かが輝いた。 彩子は「ん?」とよく目を凝らして青空を見つめる。 その瞬間、「女の子の顔」が飛来してきてぐんぐん迫ってきたのを認める。「いやああ」と彩子は真横に飛び、床にゴロゴロ転がった。窓ガラスを豪快に突き破り、彩子の寝ていたベッドにガラスの破片が散らばる。あと一歩遅れていたら血まみれの惨劇が起こっていた。 女の子は両足からバーニアを噴かせていた。これで飛行し、直接彩子の部屋に突入したのだろう。ぽんぽんと服に付いた破片を払い、にっこり彩子と対面してこう言った。 「初めまして彩子さん。××××××××です。玄関からお伺いするのもはばかれたので、空から直接こんにちはしちゃいました」 バシンと竹刀で天然ボケ少女を叩く。 「何バカなこと言ってんの! 常識考えなさいよ!」 そしてシュルシュルとベランダに巻きついた謎のロープ。彩子は「ひっ」と悲鳴を上げる。 「よいしょ、よいしょ、ふう、突入とか久々にやったわ」 ロープを伝って這い上がってきた、サイドポニーの特徴的な眼鏡の子。彩子は×××××××××××の玄人じみた動きに言葉も出ない。 それから、「コトン」と何かが立てかけられた音。ベランダの柱にハシゴが立てかけられていた。 一歩一歩、ゆっくり上がってきた高等部の女の子。前髪が隠れてほとんど見えない×××××の登場だ。 「お二階だというので・・・・・・ハシゴ・・・・・・借りてきちゃいました・・・・・・」 「×××さんって冷静ですのね・・・・・・」 同じように後からハシゴを上がってきたのは、××××××××である。 「あ、あ、あんたたち、どういうことなの!」 突然の不法侵入に腰が抜けてしまっている彩子。人差し指を彼女らに向けて、縦に振り動かしていた。 「そんなことだろうと思ってたわ」 ××、××××、×××が三人並んでちょこんと座っている。その前にデンと胡坐をかいているのは×××××だ。 「昨日何があったか教えてもらいたいの。×××××を連れていかれたんだから、私たちもおとなしくしていられない」 フン、と彩子は立ち上がって腕を組む。そして言った。 「お断りするわ」 「ええっ」と悲しそうな顔になる××××。 「そんな、手がかりを知りたいだけですのに」と××。 「残念・・・・・・無念・・・・・・」 「どうしてよ! あなた犯人の顔見てんでしょ? 私たちはあいつらに一泡吹かせてやりたいだけなの!」 「やだったらやだ」 済ました顔でぷいと横を向いてしまう彩子。それから四人にこう言って突き放した。 「学園の犯罪者に加担したくないもの!」 それだけで××らは黙り込んでしまった。彼女たちは先月にとある大事件を起こした学園の問題児なのだ。 学園がひた隠しにしてきた「××××××」の異能者たち。彼らは有害な異能者として同じ異能者から区別・管理される立場に貶められてきた。 それを変えるために、×××××ら後の世代の××××××を守るために、自由を勝ち取る戦いに出た人もいた。しかしそんな人の尊い犠牲にも関わらず、現状として何も変えられないという空しい結果に直面したとき、彼女ら七人の感情は大きな爆発を見せた。それが先月の学園テロ騒動である。 ×××××らは醒徒会に破れた。 退学処分こそ免れたが、果たして彼女ら七人は何かを変えられたのだろうか? いや、何も変えられたはずがない。強硬手段や暴力行為では何事も変えられないということを、彼女たちは知らなかった。 事件後の記憶操作こそ試みたものの、この六谷彩子のように精神力が強い者には通用しない。あの騒動で×××××ら七人の凶悪な言動を目撃したものや、怪我など被害を受けたものはしっかりと彼女らを特定危険人物として広めていた。 以前よりも数倍と厳しくなった、軽蔑の視線。監視の網。彼女たちが学園生徒として周囲に溶け込むことは、もう不可能なのかもしれない。現状に変化をもたらすため出た行動によって得られた結果がこれでは、余りにも本末転倒だろう。 「みんなどんな目にあったか知ってる? フケ女に怯えて泣いてる子がいた。バイキン女の菌が流れてきて病気になった子だって出た。私なんてね、暗示が脳に残ってしばらく頭痛が離れなかったんだからね! ・・・・・・あんたのせいよ、目隠れ!」 指を差されたとき、びくっと×××の肩が揺れた。 「あんたたち、私に物を頼める立場なの? ふざけないで!」 七人はもう双葉学園で浮かばれることはないのか? 学園を、それも醒徒会を相手に力を使った罪は重かった。 不敵な笑みで醒徒会メンバーの前に現れた××××××××。 何のためらいもなく危険な荷電粒子砲を、会長と校舎めがけて放った××××××××。 不特定多数の生徒の脳に干渉し、暗示をかけて制御した×××××。 校舎内に鱗粉を吹き込もうとし、大多数の人命を脅かした××××。 醒徒会の活動を妨害し、××に加担して結界を貼った××××。 醒徒会会計監査を徹底的にいたぶった、テロの首謀者×××××××××××。 そして、冷酷極まりない視線で醒徒会を殺しにかかった、××××××××××。 かつて学園に対して牙を剥き殺しにかかった連中が、その学園生徒に懇願して力を借りようなどとは、彩子にとって虫のよすぎる話に思えて非常に気に食わないのである。 「あたしゃ昨日から事情聴取ぶっ通しでうんざりしてんの! しかもバイキン女のせいでインフル地獄だし! その上人の部屋に不法侵入? 揃いも揃って馬鹿やってんじゃないわよ! これ以上なんか悪巧みしてんのなら、すぐにでも通報して学園にいられなくしてやる!」 一方的にまくしたてた後で、彩子は脳裏に×××××のことを思い出す。自分に覆いかぶさって、代わりに恐ろしい連中に連れて行かれた彼女。そんな彼女の優しい好意をふと思い、少々心が揺れ動く。でも強情で意地っ張りな彩子はなおも四人に対して強気な姿勢を貫く。 「まったく。ああいう弱っちい女大っ嫌い。あんなことしておいて、自分は被害者ぶったような面して」 そこまで言った彩子は、突然胸倉をきつく掴み上げられた。 「×××××!」 ××らが慌てて立ち上がった。×××××が彩子の寝巻きの襟を掴み上げ、そのままクローゼットに叩きつけてしまった。本棚の本がゆれ、家族写真の入った写真立てがぱたんと前に倒れる。 「×××××の悪口は許さないわよ・・・・・・」 「くっ、あんた・・・・・・!」 「別にあんたの御託を聞きにきたわけじゃないの。ぎゃんぎゃん吼えてないでとっとと教えなさいよ」 「こんなことして・・・・・・あんたたちはやっぱり学園の」 「どーとでも言えば?」×××××はニヤリと笑って彩子を煽る。「どうせ失うもんなんてないんだし。んなことより教えてくれないんなら、この首根っこ折っちゃうわ」 「てめぇ・・・・・・ッ!」 「×××××、もういいでしょう!」と××が一喝する。××××とともに彩子から引き剥がされたとき、×××××の両目から涙があふれ出た。 「×××××を助けたいのよ!」 じゅうたんに手を付いてけほけほ咳き込んでいた彩子は、感情を爆発させた×××××のことを見上げる。 「あんたが教えてくれなきゃ、私たち何にもできない! ×××××を見殺しになんてしたくない!」 「彩子さん。確かに私たちはあのような行為で、何もかもを失ってしまったのかもしれません。でも、こんな私たちにもまだ大切なものが残されているのですわ」 「仲間・・・・・・」 「×××××は大事な友達。それまで失っちゃったらもう、私たち・・・・・・」 「お願い、教えて! 誰が×××××をさらったの? ×××××をどこにさらったの? 優しいあの子を返して欲しいだけなの!」 彩子はしばらく下を向いて黙っていたが、やがて怒りの熱が引いていき、重い口を開くに至る。 「見たことの無い男女の二人組だった。一人が銀色の髪をした男で、もう一人が白衣を着た茶髪の女」 白衣という単語を聞いたとき、××の眉尻がピクリと動いた。別に件の人物と面識があるわけではなく、ただ自分と似たような格好をしていることが気に入らなかっただけのことである。 「男のほうが、スタン攻撃を仕掛けてきてかなり危険。女のほうは、手の内はわからなかった。ただ薬品の仕込まれたハンカチを押し当てられたから、危ないことには変わりないわね」 「その人たち、『エリザベート』って言ってたんだよね?」と、××××。 「そうよ。いったい何のことかよく知らないけど、そのことを学校側に教えたら大騒ぎになっちゃって。かといって、みんなは秘密にしていて何も教えてくれなかった。ああもう、思い出しただけでイライラしてきた」 昨日のことを思い出し、再び頭から湯気が出てきた彩子。 これで敵のことがわかってきた。銀髪の男はスタンガンのような異能を持っており、女のほうは超科学者の可能性が高い。「エリザベート」の手先として双葉島に潜入し、中学生二人と×××××をさらっていったのだ。 「助かったわ」×××××は立ち上がる。「あなたのおかげで相手を想像することができた。ありがとう」 「フン。一生懸命な奴はほっておけないだけよ」 「今度I組に来るといいわ。歓迎してあげる」 「死んでもい・や・だ!」 そして×××××は××ら三人のほうを向き、威勢よくこう言った。すっかり気持ちは落ち着いているようだ。 「×××××を奪還するわ。これから一時間、昼食がてら作戦会議よ!」 「そうと決まれば早速行動ですわね」××が不敵な笑みで××××と向き合う。「×××、行きますわよ!」 「うんわかったよ。××ちゃん」 ××××の体が宙にふわっと浮き、くるぶしのあたりが変形を見せる。やがて足の先がバーニアとなり、鉄腕アトムを連想させるような炎が飛び出した。 「ちょっと、それ床燃やさないわよね!」 「大丈夫です。周りに被害は与えません」 ニコッと微笑みを向ける××××。しかし彩子はあたふたして「床が焦げてるじゃないのー!」と絶叫している。 「さあ、いくわよ×××!」 「うんっ!」 バーニアの出力が増大し、二人は窓の外へ飛び出した。そのまま青空に吸い込まれていった。 ×××××らはというと、×××のはしごを使ってベランダから降りるところであった。迅速なペースの連中に彩子はほとんどついていけない。 「ちょ、ちょっとあんたたち」 「彩子って子、本当にありがとう! じゃあね!」 こんこんとハシゴを降りていく×××××。×××はとっくに降りてしまっているのだろう。ベランダから様子を伺がうが、そこにはもう誰もいなかった。ハシゴすら存在していなかった。 「掃除ぐらいしてけー!」 彩子の部屋は散乱した窓ガラスと、土足の足跡で盛大に汚されていた。 「彩子ォ・・・・・・」 そして背後から聞えてきた殺気十分の声。彩子は真っ青になり脂汗を流す。 「さ、幸子姉・・・・・・?」 ドアのあたりに、彩子の朝食を持ってきた幸子がたたずんでいた。口元から真っ黒な瘴気がもくもく溢れており、今にも異能であるマグマを放ってきそうだった。 「てめぇインフルでくたばってるわりには元気じゃねぇか。ガラスぶち破るぐらいテンション高ぇじゃねぇか」 「違うわよ! ×××の奴らが窓からこんにちはしてきて」 「連中は謹慎中だ。彩子てめぇ、幸子様に嘘つくのか」 ボボンとおかゆを運んできたお盆が炎に包まれ、炭になる。彩子は「ひぃいいい」と涙を浮かべて悲鳴を上げた。 「病人は病人らしく床に伏せてもらうぞ・・・・・・!」 「やだ、やめて、助けて」 「人が休暇とって看病してんのに・・・・・・遊んでんじゃねぇやぁ――――――――――ッ」 「××――××――――ッ! いつかブッ潰してやる――――――ッ! あぎっ、ぐふっ、ぐぉえぇえ!」 昼食後、××××は双葉島の中央街にて単独操作を始めていた。 「白のRX7?」 『そう。平たく言えばスポーツカーですわね。ナンバーが袖ヶ浦ですわ』 「袖ヶ浦ね。××ちゃん、よくそこまでわかったね」 『学校を偵察してる×××××が教えてくださいましたの。白い不審なスポーツカーが島内にいるって。そうしたら、今度は×××さんがたまたまその不審車を目撃してまして』 「ありがとう、探してみる」 ××××は携帯電話を切った。ボディに仕込まれた結界サーチを起動させ、辺りの店舗や住宅に目を向けた。 相手は結界を張っている可能性があった。目撃情報が出ているのにも関わらずいっこうに居場所がつかめないからである。 だから××は自分の異能を駆使して××××に結界サーチモードを搭載した。不自然に結界に守られている建物を探すのが、××××の役割だ。目印は若い男女、白い袖ヶ浦ナンバーのスポーツカーだ。 ×××は××のラボで情報収集に励んでいた。×××××も学園に潜入し、動きのあわただしい醒徒会室や風紀委員の様子を偵察している。白い車の情報が得られたのも、こうした地道な活動の結果であった。 なお、アジトらしき建物が風紀委員によって発見されたが、もぬけの殻だったという。元は何かの作業場だったことだろう、部屋の広い空き屋であった。そういった情報も×××××の耳に入ってきた。 そして十四時半ごろ。ついに××××から電話が入った。 『見つけたよ。結界に包まれた倉庫があった。表から見えないようにされてる』 十五時。倉庫があると思われる場所は、ただの広大な荒地であるようにしか見えない。××は専用のグラスを付けて荒地のほうを見る。 「確かに倉庫がありますわね。外から見えないようにされてますわ」 「異能アイテムじゃ構築できない、すごく高度な結界だよ」 「妙ね。連中、結界使えるような仲間がいたの?」 「油断・・・・・・禁物・・・・・・です」 ×××××ら四人はちょうど倉庫の入り口がある場所にまで近づいた。ところがその瞬間、眼前に巨大な倉庫が出現したのだ。×××××は思わず「うぉっ」と口に出す。 「び、ビックリしたぁ。結界を解いたの?」 「××ちゃん、これって」 「クフフ。入ってこいってことですわね。上等ですわ」 四人は倉庫内に入る。入ってすぐ、白い車を発見した。 「袖ヶ浦ナンバーだね。とうとう相手に迫ってきたんだ」 「この車に・・・・・・轢かれそうに・・・・・・なりました・・・・・・ひどい」 「×××××! ×××××、どこにいるの! いたら返事して!」 ×××××の声が倉庫に反響する。そして聞えてきたのは、×××××の声ではなかった。 「よくきたわね、歓迎するわよ」 「えっ・・・・・・」 四人の思考が一瞬にして停止する。その声の持ち主は彼女らにとって全く想像のつかなかった人物であったから。 「×の結界を見破れるなんてね。やっぱりあんたたちならできると思った」 奥の物陰から出てきたのは、長い黒髪を腰の辺りまで下ろした双葉学園高等部の女子――××××であったのだ。もう一人誰かが出てきた。 「もう動いてたんだ。けっこう友達思いなんだね」 ××よりも少し背の低い、目のぱっちり開いた少女。×××××である。 「あ、あなたたち!」 驚愕のあまり××は叫んだ。何と、××××××として学園と共闘した仲間であるはずの××と×が、敵陣にて自分たちの前に現れたのだ! 結界を貼って敵の支援をしたのは×であった。今、双葉学園が血相を変えて調査に乗り出している外部の敵に対し、この二人は付いたとでもいうのか。 「××! ×! これはどういうことッ!」 ×××××が怒鳴り散らす。××も×も苦笑を見せ、必死な形相の彼女を馬鹿にしたような態度でこう言う。 「私たちがあんたたちを追い払うよう、指示をもらったの」 「今、倉庫に結界を貼ったよ。この領域は××ちゃんの攻撃範囲内にある。死にたくなかったらすぐにでも出て行くことだね」 「そんな、どうして・・・・・・」 「暴れたいからよ?」 今にも泣き出しそうな顔をしている××××に、××はそう言ってのけた。 「私ね、ずっとうずうずしていたの。もっと活躍して、暴れて。みんなにこの黒髪や綺麗な鱗粉を見せ付けてやりたかった」 「でもやられちゃったよね、醒徒会に。情けない」 「あ、あなたたち、まだそんなこと言ってるの・・・・・・」 ×××××が呆然としながら××に言う。 信じられなかった。醒徒会に全力で勝負を仕掛けて敗北し、彼らの保護のもとこれまでと変わらぬ学園生活を送れるというのに、まだ××がそんなことを言うなんて。自分たちが声を大にして言いたかったことや、成し遂げたかったことは、あの日に全て出し尽くしてしまったはずであった。 醒徒会は強かったし、今でもこんな自分たちのことを守ってくれる。仲間の大切さや、仲間は絶対に裏切らないということを、×××××は彼らから教わった。そして強硬手段や暴力行為では何も変えられないということを、体を張って教えてくれたのも藤神門御鈴ら醒徒会であったというのに・・・・・・! 「間違ってるわ××! そんなことしても意味がないのよ!」 前へと飛び出し、××に掴みかかろうとする×××××。ところが見えない壁と正面衝突し、彼女は鼻血を撒き散らしながら味方のところへと吹っ飛んだ。 ×がお札を指先に握っている。彼女が結界で×××××を攻撃したのである。そう、この瞬間、彼女たちに走る亀裂が明確なものになったのだ。 「何てことを・・・・・・!」 ××が××と×を睨みつける。××はくすくす笑いながら、痛みで苦しむ×××××にこう手ひどいことを言った。 「あんたがもっとしっかりしてれば、醒徒会の連中も倒せたじゃない?」 「裏切り者!」 言葉を発せられない×××××に代わって、××が怒鳴る。 「裏切り物ぉ? うふふふ、そんなもんでしょ、私たち×は?」 「どうせただの寄せ集めだもんね、××ちゃん?」 ××と×が二人でくすくす笑い合っていたときだった。彼女らの前に一人の人間が立ち、二人も警戒する。強制暗示の異能者・×××××だ。 「そんなことは・・・・・・絶対に・・・・・・許しません・・・・・・!」 右手で前髪をたくし上げ、神秘的な金色に彩られた瞳を露にする。魂源力を解放し、暗示の異能を発動させる。 「間違ってます・・・・・・目を・・・・・・覚まして」 ところが、そうして×××が一歩前に出たのが連中の狙いであった。 倉庫の高い天井から、何者かが降ってきたのだ。これを見た×××××はひどく焦った。 銀髪の美青年。×××が危険を感じて後ろを向いたが、遅かった。 バチンという衝撃音。彼が右手を×××の頭にかざし、力を込めた瞬間、彼女は脳に強いショックを受けて気絶してしまった。 「ふう、危ない危ない。×の言ったとおりこの子は危なかった・・・・・・」 「お見事ぉ。入団テストは合格ってとこねぇ」 手を叩く音が響き渡る。××と×のいるさらに奥のほうから、白衣姿の女性が登場したのである。 ×××××ら三人は悔しそうに下を向いた。暗示という強力な能力を持つ、×××××を潰すことが敵側の作戦だったのだ。×××が一人になって前に出てきたところを、天井に潜んでいたジュンが一気に叩き潰すという作戦だ。××と×はおとりに過ぎなかった。 ××と×が敵側に付いた時点で、×××を狙われる危険性を察知すべきだったのだ。なぜなら××たちが×××××をさらった憎らしい二人組に、自分たちの情報を提供したに違いないのだから。結界まで貼られているのを認めてもなお、××と×を敵として見ることができなかった。そんな自分の甘さを、×××××は強く後悔した。 ジュンが×××を抱えて敵陣に戻る。 「×のおかげで危険を回避できた・・・・・・ありがとう、×。愛してるよ」 ×はそっぽを向いてまるで相手にしていない。ジュンの発言にカチンときたのは、×のほうであった。 「ヒエロノムスマシン操作の××××××××さん。荷電粒子砲の××××××××さん。そして、エントロピー操作の×××××××××××さん。・・・・・・すごい面々ねぇ」 シホが一人ひとりの顔を見ながらそう確かめるように言う。そこまで情報が漏れているのも驚愕に値すべきことなのだが、どうせ××らが教えたに違いない。 「自己紹介しとこうかしら? 私は『クリエイト・クリーチャーズ』のシホ。化物を創る異能を持ってるの」 そのとき、背後から何かが飛び掛ってきた。××と××××が瞬時に反応するが、彼女たちは言葉を失う。灰色をした小型の化物が二体襲ってきたからだ。 「何なの、こいつらッ!」 「××ちゃん気をつけて! はうっ」 瞬く間に××と××××は触手に絡めとられてしまい、二人とも身動きが取れない。 「そして僕はスタン攻撃――『ワールド・フォーリング・ダウン』のジュンさ。エリザベートに言われてはるばる来たよ」 これで×××××たちにとってはっきりとわかった。エリザベートが双葉学園にいよいよ攻撃の手を向けたこと。次に、×××××と×××がエリザベートに奪われようとしていること。それから最後に、××と×がエリザベート側に付いたこと。 「××! ×! あんたたち本当にエリザベートに付く気なの!」 「当然よ。ああ、やっと私、活躍できる場に恵まれたのね。こういうのを待ち望んでたの!」 「私たちがね、島の女の子をたくさんさらっていくんだ。現役生徒の私たちなら適任だね。エリザベート様に気に入ってもらえるよう、頑張らなくっちゃ」 二人は同時に自分のモバイル学生証を差し出した。 「こんな学校、もう興味無い」 ×××××たちに見せ付けるよう、魂源力で学生証を破壊してしまった。 「させない・・・・・・させないわ」×××××は立ちあがる。「私たちは何があっても『仲間』。××、×。絶対に行かせはしない!」 その宣言に、ほんの一瞬だけ××と×が苦悶の表情を見せた。 「×××××も×××さんも渡しませんわ!」 「お願い戻ってきて! ××ちゃん、×ちゃん!」 ××××も、触手に苦しめられながらも必死に懇願する。 「エリザベートなんて知ったこっちゃないわ。みんな渡しやしない!」 ×××××が魂源力を解放し、空気中から水素を強引にかき集めてきた。相手側に水素を充満させてから石を拾い、異能力を込めて投げつける。壁や地面に衝突したときの火花で爆発させるつもりだ。悪の異能者であるジュンとシホは、この場で葬り去らなければならないのだ。 しかし、向かってきた石の直線上に見えない透明な壁が構築された。衝突時の火花で水素が反応し、破裂音が上がる。×がシホやジュンを保護するため結界を貼ったのだ。 「嬉しいわ×××××。これが私たちの答えよ」 ××の髪が魂源力により、天上目掛けて突きあがる。鱗粉が瞬く間に倉庫全域に広がった。きらきらと光る粒子で視界がいっぱいになった。 これに触れれば命は無い。×××××アは××の言動に傷つき、涙をぽろっと零す。 「逃げよう、××ちゃん、×××××!」 命の危険を感じ、××××が両足をバーニアモードに切りかえて緊急離脱を図る。化物の拘束から逃れ、まず××を救助してから、立ちすくんで動けない×××××を捕まえる。 本気で殺しにきた××の鱗粉。取り残されたクリーチャーが二体ともギェエエと叫びながら絶命し、枯れたような醜い姿となっていった。××××の素早い判断が無かったら、××も×××××もこのような死に様を迎えていたことだろう。 「××ぁああああああああああああああああああああああああああ!」 ×××××は叫んだ。涙をたくさん撒き散らしながら。 その番、ジュンとシホは××と×、そして×××××と×××と中等部の女の子二名を運んで島を後にした。 そう、腹を空かせて餌を待ち続ける、エリザベートのいる千葉県へ――。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/karupisu_erg/pages/15.html
現在のスタッフ ◆.K5bmbGCto 企画・マスコット 音屋 ◆I9FjaPoAQM 進行 管理 サウンドクリエイター 童貞 ◆j/s5itKZFEan 進行 管理 必殺wiki編集人 ◆gjLV14vZGM wiki編集 シナリオ R-writer ◆pCb1Ke.www シナリオ シナリオ希望 ◆L/wkxhbS4g らすとぴーす ◆A2jRZzcQMc ライターたかし ◆Urf0QsbiPk タカハシジョン ◆uBO/y/Cka2 すく ◆os0Up0v3KRnU プログラム スクリプト REM ◆GAME/35iqE えびす ◆QdZkvBflxU イラスト 伊豆 ◆O7iKU7ceU6 ニーサン ◆M1Bei0tBWg アヘ顔の人 ◆neNQ3xu7fE じっぽ ◆KaiMMb2aQ6 りすてな ◆799dm5X/wE 加工屋 ◆BEC22aehQU 背景 くろねこ ◆HbpyZQvaMk サウンドクリエイター 朝霧 ◆GzDHK/0cas 映像 ◆Haru/x7Yf. OP、ED制作
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/825.html
ラノで読む(推奨) 「ごちそーさまでした」 パジャマ姿の女性が一人、手を合わせて食事を終えた。テーブルには、綺麗に平らげられた皿や茶碗が並んでいる。本日のメニューは、秋刀魚《さんま》の塩焼きに大根の味噌汁、後はセールで買ったカボチャを煮つけにしたもの。米は玄米で、一膳だけおかわりした。 一部では『至高帝《ザ・ハイランダー》』とも呼ばれ、街のチャレンジメニュー店を総なめにする程の胃袋を持つ彼女ではあるが、普段はごく質素な、普通の食事をしている。大食いは『食べられるときに食べておけ』というある種の本能が働く結果なのだ。 (つかれたぁ……) 歯を磨きながら、一日を回想する。平常どおりの授業に試験採点、異能教育関係教員のミーティングに特別講義。これはする方と受ける方の両方だ。幸いラルヴァが出てきたりはしてないが、それでなくとも多忙な日だった。料理をする時間があったのが驚きなくらいである。 ざぶざぶと食器を洗い、カゴに立てかけておく。昨日の分は乾いていたので仕舞った。ざっと流しを拭いて、布巾も水ですすいで干しておく。 「……これは、明日かな」 鍋の中にまだ少しだけ残っているカボチャを見た。カボチャの煮つけは足が速く痛みやすいが、一日ぐらいなら大丈夫だろう。 (……ダメだ、眠い。シャワー浴びたし、もう寝よう……) 何か本を読み返そうかと思ったが、頭が睡眠を要求している。というよりも、そろそろ寝ないと明日が辛い、という時間帯だ。 ふらふらとベッドへ、仰向けに倒れこむ。シャワーを浴びたときに解いた、普段三つ編みにしている髪が扇形に広がる 「おやすみなさ~い……」 もう十月の末、そのまま寝ると寒いので、もぞもぞと身体を動かして布団の中に潜り込んだ。流石にまだ、あまり暖かくない。一日やり切ったという充足感を持って、ずぶずぶと眠りの中に潜って行く。 ……だが、彼女、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスの一日は、まだ終わっていなかった…… おーじょさまとかぼちゃとかぶ その異変は、真夜中に起こった。 (……目、覚めちゃった) ベッドの中で、春奈がゆっくりと目を開ける。唐突に眠気を全部奪われたような、異様な感触がする目覚め。ゆっくりと身体を起こすと、さらに異様な光景が目の前に広がっていた。 小さな光が、一列に外へと連なっている。順番にちらり、ちらりと瞬き、まるで自分を外へと導くような感触を与えられる。 「スルーさせて……は、くれないよね」 眠い目をこすりながら、半纏《はんてん》を羽織る。こういう輩には、付き合うのが礼儀というものだ。 ちらりと時計を見ると、午前二時でピッタリ止まっていた。何かの力が働いているかのように。 (……夢の中、っていう可能性もあるかな) 二度寝すれば逆に目が覚めるかもしれないが、そもそも眠くないのでそれは出来そうに無い。仕方なく立ち上がり、光が連なる方向へ行ってみることにした。 光は、外まで連なっている。それが指している方向は、確か双葉山がある……そこに行け、という事なのだろう。 パジャマに半纏を羽織っているだけだが、不思議と寒くはない、さらに、いくら歩いても疲れる気配もない。体力がある人は、こんな感じなのかなと少し羨ましい気持ちを抱いた。 双葉山へもう少しというところで、ようやく彼女は違和感に気づいた。 何の気配もしない。確かに今は深夜で、どこの家も電気を消しているが、それだけではない。道は車が一台も通らないし、街灯も点いていない。何より、人間文明勝利の産物であるコンビニが、どこも閉まっている。二十四時間営業の筈なのに。 「……やっぱり、これは」 夢か、幻覚の類だろう。と春奈が独り言を言おうとしたその時、幻覚とは思えないはっきりした声があたりに響いた。 「おおーい、シロやーい、どこ行ったー?」 その声の主を見やると……『大きい』少女が目に入った。 まず背丈が大きい、そして胸が大きい。あとついてに声も大きく、そしてやっぱり胸が大きい。金髪碧眼の欧米風美人だが、その『大きい』イメージに圧倒されて、なかなかそっちには目が行かない。 「およ? そこの子ー、こんな夜遅くにどうしたい?」 その少女が春奈に気づき声をかける。授業のときに居たような、居なかったような……というか、春奈は完全に年下扱いされている。容姿だけ見れば当たり前なのだが。 「それはこっちの台詞だよ……えっと、学園の生徒さん、でいいよね?」 「うん、高等部2年。キミもそう? やっぱり初等部? それとも背伸びして中等部?」 「……教員」 「……ホントに?」 とにかく大きい少女、アクリス・ナイトメアと合流し、光に誘われるまま双葉山を登る。アクリスはこういう所に慣れているのか、ひょいひょいと軽い足取りだが、春奈の方はそうもいかない。疲れることがないのが幸いだが。 彼女も、話を聞く限りでは春奈と同じらしい。起きたら一人きりで、光の線を辿って来たという。 「それで春奈ちゃん、シロ見なかったです?」 「ここに来るまで、人はもとより生き物はなんにも見てないよ。多分、他の生き物も……」 言いかけたところで、止まった。 ここまで彼女達を誘導していた光が途切れ、そこに一つの影が立っていた。輪郭しか見えない、男性とおぼしき影は、火の点いた石炭を入れたランタンを左手に持っている。そのランタンは、しなびたカブでできていた。 「おお、呼びかけに答え、よく来てくれました!!」 男の影は、大仰な声を挙げて歓迎するようなそぶりを見せる。何か腹に一物持っていそうな声だ。 「うさんくさーい」 「それで、貴方のお名前と……あたしたちを、ここに呼んだ理由は?」 「私はウィリアム、この山にひっそりと住まう『カブのランタンを持つ者の町』の町長です。あなた方の言葉を借りれば、ラルヴァ……に、なるのでしょうか」 「……カブのランタンに、ウィリアム……ああ、ハロウィン……」 「春奈ちゃん、なんでカブなのにハロウィンですか?」 納得したような様子の春奈に、アクリスが横から口を出す。なお、さっきから敬語がおかしいのは基本らしい。 「ハロウィンの風習が出来たころは、カブでランタンを作ってたの。それがアメリカに伝わったとき、カブが無いからカボチャで代用して、それ経由で日本に来たから日本でもカボチャを使ってるんだよ」 「そーなのかー」 「そう、そこなのです!!」 「そ、そこなんだ……」 春奈の知識披露に、今度はウィリアムが食いついた。 「先日から、近くの洞窟にカボチャの怪物が住み着いたのです。我が物顔で私たちの畑を勝手に作り替え、あまつさえ生贄さえ要求するようになったのです。このままでは我々は……」 「……正直な話、どうでもいい」 「同感」 「そこで! お二人にどうか! その怪物を退治していただきたい!!」 ウィリアムが泣きそうな顔で二人を睨む。思いっきり独り言を聞かれていたらしい。 「めんどい」 「……それで、何か見返りは?」 「我々で出来る限りのおもてなしを、ご馳走を用意させていただきます」 「乗った!!」 「あたし達にできる事なら、なんでも!!」 こうしてご馳走に釣られた二人は、ウィリアムの先導で双葉山を進む。月も出ていない夜は、彼が持つカブランタンのみが頼りだ。 「あと、どれぐらいになるますか?」 「もう少し……ほら、見えてきました」 男が指差す先に、うっすらと大きな穴が見える。夜の闇とはまた違う闇を抱えたそれは、小さいながらも文字通り洞窟と言っていいだろう。 「あの中にカボチャのお化けがいる訳だ?」 「そうです。中は暗いですから、これをどうぞ」 ウィリアムが、どこかに持っていたもう一つのランタンを春奈に渡す 「あれ、貴方は……」 「私がついていっても、足手まといにしかならないでしょうから。ささ、よろしくお願いします」 ウィリアムが横へ退き、二人は促されるままに洞窟へと足を踏み入れる。 「本当に暗いですね……どれだけの広さなんだろう?」 「……!?」 何かを察知したのか、アクリスが後ろを振り向くが、時既に遅し。 ドドン……!! 「え? ちょ、何閉めてるんですか!?」 『怪物を倒してきたら開けてやるよー!!』 洞窟の入り口が、大きな岩で塞がれている。アクリスが思いっきり押してみるも、ビクともしない 「あたし達だまして、生贄にするつもりですね!?」 『あー!? 聞こえんなー!! とにかく頑張ってくださーい!!』 「どっかで引っかかってるのかなー? ぜんぜん開かないよ」 「……前に進んでみるしか、無いね」 その洞窟は、洞窟というよりも横穴と言ったほうが近いぐらい狭いものだった。二人が入ってきた入り口と、その奥にある少しだけ広い空間の他には何も無い。 「怪物がいそうな雰囲気なんて無いけど……」 春奈がキョロキョロとあたりを伺うのを、アクリスが制した。 「……春奈ちゃん、下がってて」 それと同時に、不気味な笑い声が洞窟に響き渡る。来たものをあざ笑うかのような不愉快な笑い。 『クケケケケケケ!!』 闇の中から、不気味に光る二つの目と一つの口が現れた。その光がそれ自体の輪郭を照らす……数メートルはあろうかという、巨大なカボチャの頭。 「春奈ちゃんの異能、戦い向きじゃないんだっけ?」 「うん……でも、一人じゃ」 「モーマンタイ! ご飯が待ってるんだから負けられない!!」 春奈を下がらせたアクリスが、何かを唱える。 「我、命ず《ジ・オーダ》……殲滅せよ《エクスターミネート》!!」 カボチャの攻撃は、どうやら特殊な炎を使ったものらしい。周囲に浮かぶいくつもの炎が、アクリスに迫り、打撃を与える。後ろから見ている春奈が炎の方向を伝え、それを辛うじて回避し続けている。 それだけなら良い。問題は、アクリスの攻撃がカボチャに効いていないことだ。アクリスの攻撃は肉弾戦に限られている。だが、何とか届いたその拳も、カボチャにダメージを与えた気配は無い。いくら頭が欠けても、構わず攻撃を仕掛け、笑い声を上げるだけだ。もしあのカボチャがエレメント種別のラルヴァならば、彼女達に勝つ術は無い。 春奈が見たところ、アクリスは自身の戦闘能力を『暗示』で引き上げて戦っている。昔、英国へ留学していた時に受けた異能力系統の講義で『我、命ず《ジ・オーダ》』についての話も聞いたことがある。強力な精神操作魔術らしい……何が理由かは分からないが、彼女はそれを自分に使用し、限界以上の力を引き出している。そんな状態で長期戦を強いることは出来ない。 (何か、突破口を開かなきゃ……ん?) その時、春奈は気づいた。 自分が持っているランタンの光、カボチャの怪物が持っている光、アクリスの周りを待っている炎の光、そしてその炎の動き……もしかして、という予感。負けてもそれほど損はない博打、春奈は当然のように、その予感に賭けた。 『アクリスさん、今から指示する方向を思いっきりぶん殴って!!』 「圧倒的にデストローイ!!」 「そろそろ仕上がった頃かなぁ……」 ウィリアムは、洞窟の外で待機していた。洞窟を塞ぐ岩の上に座り、先ほどとは違った不適な表情を浮かべて。 「|人間の世界《こっちがわ》に来るの何年ぶりだ? まあいいか、人間を食うのも久々だ。あのデカい女のほうは肉付きが良いから、食える場所は沢山あるだろ。小さい女の方は食えるところは少ないだろうが、その分柔らかくて美味そうだ。ああ楽しみだ楽しみだ……ん? 誰だー?」 洞窟の中から、男の声がする。中に居た仲間だろうか。 『終わったぞー、開けてくれー』 「おう、待ってろ」 ウィリアムが飛び降り、岩を横にずらして道を空ける。横にずらすだけなら、それほどの力は必要ない。 「どうだー、ちゃんと食えるようなべはぁ!!」 開けたとたん、彼は吹き飛ばされた。岩の隙間から、女性が二人出てくる。後ろから男が一人這ってくるが、そちらはもう虫の息だ。 「あー、やっぱり開放してる空間はいいよねー、閉所恐怖症になりそうだよ……」 「綺麗に飛んでったねー、蹴った手ごたえも良かったし」 大きく伸びをする春奈に、自分で蹴り飛ばしたウィリアムの方を見やるアクリス。アクリスの方に、虫の息だった男が這いよってきた。 「……い、言われたとおりにしたぞ、頼むから助けてくれぇ……」 「お前は最後に殺すと約束シタナ?」 「そ、そうだ!! た、助け……」 「あれは嘘だ」 「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」 アクリスの蹴りで、洞窟に逆戻り。 「あれ、あいつはどうしたの?」 「離してヤッた。あ、戻ってくるよー」 「お、お前ら……なんで!?」 「まったく、ウィリアムと聞いた時点で疑うべきだったよ……」 カボチャの怪物の正体は、恐ろしいぐらいあっけないものだった。 カボチャ自体はハリボテの中に石炭を入れたものであり、何の意味も無い。問題は浮いていた炎であり……あれは、ウィリアムの仲間達が、ランタンを持って殴りかかっていただけだった。目がカボチャに行くせいで気づきにくかったが、よく考えれば『炎で打撃を与える』という事自体おかしいのだ。異常な状況のせいで、二人ともそこまで頭が回らなかった。 カボチャの目の光と自分が持つランタン、そして周囲を飛ぶ火の玉が同じものだと気づいた春奈が、『迫り来る炎を目掛けて攻撃しろ』という指示を出したお陰で全員返り討ちにできた。アクリスの攻撃が勢い余って殲滅してしまう勢いだったので、最後の一人になった時に『もう敵はいない』と強く呼びかけることで(思い込みの激しい彼女だからこそだが)ストップ。最後の一人を使って脱出に成功した。 「審判の神様を騙して二回目の生を受けて、なお放蕩三昧の極悪人。そのせいで天国にも地獄にも行けなくなった哀れな男、ウィリアム……他の仲間達も、似たような人たちの集まりなのかな? それとも、分身とか?」 「あわ、わ、わ……」 「ねー春奈ちゃん、あのランタンの炎って誰から貰ったんだっけ?」 「ウィリアムを哀れに思った悪魔だよ。まあ、その悪魔も多分『人間にこれ見せたら面白いよなー』ぐらいに思ったんだろうね。あと、その光は人を危険な方向に誘導する、とも言うよ。それが狙いかも」 春奈とアクリスが雑談をしてるのを、身体を震わせながらウィリアムが見ている。足はすくみ、逃げられそうにも無い。 「さーて、何か言い訳はあるかい哀れなウィル君?」 「わ、わ、わ……」 「とりあえず、食べ物の恨みは晴らさないといけませんね」 アクリスが再び格闘の構えをとり、春奈がそこら辺に落ちていた木の棒を拾い上げたとき、ようやくウィリアムが口をきいた。 「私が町長です」 その夜、星が一つ増えた。次の夜にはもう現れなかったが。 「酷い目に遭ったねー」 「そうですね……」 まだまだ元気っぽい様子のアクリスに、ヘロヘロな様子の春奈が返事をする。既に光の誘導が無い山中を、どういう能力かは知らないがスイスイ降りていったアクリスに着いてきた結果だ。 「ご馳走もなんにも無いなんてひどいよねー、くたびれ損の骨折りもうけだよ」 「それ逆……あたしはこっちだから。明日、遅刻しちゃダメだよー」 「春奈ちゃんも、ダメですよー」 アクリスと別れ、一人でとぼとぼと家路に着く。先ほどまでとは違いコンビにも開いてるし、街灯もついている。 「早く寝ないと大変だぁ……下手したらもう夜明け前だし……」 次に春奈が見たのは、クリーム色をした、いつも見慣れている天井だった。 「ん、うゆ……あれ……?」 頭を振りながら、身体を起こす。時計を見ると、いつも起きる時間の三分前だった。 「……夢、だったのかなぁ」 なんとか起き上がり、玄関のほうへ向かう。特に靴はなんとも無く、山登りをしたようには見えない。気づいてみてみると、パジャマも特に土で汚れたりはしていない。 「……まあいっか、ご飯食べよう……」 分からないことは、考えないほうがいい。そう割り切ることにして、昨日の晩御飯の残りを食べることにする。昨夜炊いたご飯と、カボチャの煮つけが残っているはずだ。キッチンへ行って、カボチャが食べられそうかを確認することにした。 「……こ、これは……!?」 カボチャが入っていた筈の鍋にその痕跡は無く、大きなカブが一つ鎮座しているだけ。しかも生のまんまだ。 「……復讐、なのかなぁ……それとも、アレ? トリック・オア・トリート?」 カブに面食らいながら、春奈は考えていた。 (朝ごはんのおかず、何にしよう……さすがに切ってもない生のカブは食べられないよ) おわれ トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1002.html
ラノで読む 「ケェアアアアアアアアアアアア!!」 怪鳥が絶叫をあげる。 その声の残響は、まるで七羽の鳥が同時に叫ぶかのようだ。 いや――実際に、そうであった。その巨大な、全長十メートルはあろうかという鳥は、首が七つあったのだ。 七色の鶏冠を持つ鳥。その各々の首が、それぞれの力を放つ。 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、それぞれの色と属性を持つ魂源力の閃光が少年に向かって襲い掛かる。森の木々を焼き、放たれる。 「遅いッ!」 野球帽をかぶった少年、鋭斗はその悉くを、木の幹を蹴りながら跳躍し、まさしく獣のごとき柔軟な身のこなしでかわしていく。 「しゃあっ!」 爪がうなり、鳥の体を穿つ。だが、幾重にも折り重なった羽毛が鎧となり、爪の威力を殺ぐ。鋭斗の爪は鳥の肉へと到達しない。そして巨大な、翼というよりはもはや巨腕と読んでさしつかえないその翼が拳を握り、鋭斗を殴りつける。 「がはあっ!」 木っ端のように吹き飛ぶ鋭斗の小柄な体。 だが、鋭斗は倒れない。歯を食いしばり立ち上がる。その小柄な体で、巨鳥を見上げる。 「必ず……必ず持って帰るんだ。己は、約束したんだ!」 思い出すのは、双葉学園で交わした約束。あの地でボロボロになった自分に初めて優しくしてくれた少女、人ではない自分を友達と呼んでくれた少女とのかけがえの無い約束なのだ。 『鋭斗くん、七面鳥を買ってきてね』 笑顔の有紀の言葉が思い出される。その言葉が鋭斗の小さな胸に火を灯す。 頼まれた。託された。認められた。戦士として、狩人として。 だから! 「己は必ず……七面鳥を狩って帰る!」 ラルヴァ、七面鳥。文字通り、七つの面を、首を持つ巨大な鳥のラルヴァ。 友との約束。狼は、それを決して違えない。己の誇りに懸けて。友との信頼に懸けて。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 鋭斗は吼える。狼は吼える。 そして巨大な敵に立ち向かっていく。獲物ではない。獲物というにはあまりにも強大で、雄大な森の王者だ。だがそれでも鋭斗は怯まない。鋭斗は跳躍し、七面鳥へと立ち向かった。 金色蜘蛛と聖夜の空 「グモォオオオオオオオオオ!!」 巨大な牛の雄たけびが荒野に響く。 眼前にあるのは、全長五メートルはあろうかという巨体。黒い牛の頭部に張り付いた人面が凶気をやどして叫ぶ。 『序列二十一番目の魔神、モラクス……ミノタウロスや魔王モロクとも同一視される強大な固体だ』 逢馬空の影から声が響く。黄金の蜘蛛、バアルの欠片、悪魔ゴルトシュピーネ。 空と魂を共有し生かしているラルヴァ。二人三脚の悪魔と異能者である彼らは、その力でラルヴァと、そして悪魔と戦う。この日もまた、彼らは悪魔と戦っていた。目的がある。果たさねばならない使命がある。その為にもどうしてもこの悪魔を倒さねばならない。 空の脳裏に、約束が思い出される。 『逢馬くん、牛乳買ってきてね』 それは委員長との約束。クラス会のクリスマスパーティーで、案の定スルーされかけた空を誘った有紀の、空への頼みだった。 それは絆だ。違えるわけにはいかない。ケーキを作るための材料だ。必要にして不可欠だ。 だが、スーパーで牛乳が品切れだった。 ないならどうする? そう、牛から直接とればいい。双葉学園島の牧場地区に牛乳を取りに行った空はそこで遭遇する。 牛の悪魔。マラクスと。 マラクスは牛だ。ならば目的は一致する。 マラクスを倒し、その力を手に入れ、統べる。そうすれば最上級の牛乳が手に入るだろう。完璧だ。 だから――逢馬空は戦わねばならない。 「いくぞ、ゴルトシュピーネ!」 『おう!』 叫びながら、答えながら、しかしゴルトシュピーネは思う。 (アレ、雄牛だよなあ……?) どこからどう見ても雄牛の悪魔だった。そして雄牛はミルクを出さない。だって雄だから。 (……まあ、いいか) ここで空気を読まずに口出ししても意味が無い。駄目だったらまた別の方法で牛乳を探せばいいだけだ。 そして、黄金の影が実体化する。 バアルの鎧。東の王、序列第一位の魔王の力の欠片をその身に纏う。 「さあ、支配を始めようか」 王の言葉が、宣言された。 大地を覆う緑の触手に、浅羽鍔姫は襲われる。 だが、その触手はもろい。人間にも、小学生にも引きちぎれる程度の強度だ。なぜならそれはただの蔦植物に過ぎない。意志を持ち、近づくものを襲うからとて、大した脅威ではない。 だが、量が違っていた。とにかく大量だった。三本の矢の故事ではないが、この物量攻撃は流石にやっかいだ。 しかも、鍔姫はただの一般生徒。かつて悪魔をその身に宿していた時の様に、怒りのままに敵を焼く炎を出せたなら違っていただろう。だが、今の鍔姫は普通の人間だ。 そんな彼女が触手に襲われる理由……いや、正しくは襲われたというより、むしろ鍔姫が襲ったほうである。 クラス会のクリスマスパーティー。 その準備。 『鍔姫ちゃん、苺を買ってきてね』 ケーキのための苺。これは絶対に外せない。その苺の買出しを頼まれたのだ。 どうせなら新鮮な苺がいい、と双葉学園農業地区にいって――鍔姫は見た。 ビニールハウスが潰されようとしている。巨大な蔦――苺の蔦だ。 「私だって……」 木刀を握る。 相手はただの植物だ。これは習ったことがある、ただの下級ラルヴァ。一般人でも対処できるはずだ。 戦う。戦わないといけない。友達が、親友が自分を頼ってくれた。 だから剣を握るのだ。たとえ自分が異能者でなくても、それでも。戦う。そうじゃないと、自分の魂を削ってまで戦っている空の……彼の力になりたいだなんて、情けなくて言えない。 「許さない」 口にする。彼女の魂に根ざす、ある種禁忌にも似た言葉。感情の発露。それをどこぞの似非神父は、原罪と読んだか。 それをあえて口にする。意志を固める。カタチにして、方向を持たせる。 「邪魔を……するなっ!」 そして、浅羽鍔姫は木刀を振り上げ、苺の群れへと飛びこんだ。 埠頭のコンテナで大爆発がおこる。 「エホッ、ゴホッ! っつぁー、ガッデム!」 修道服に袈裟をかけた、怪しげな風貌の男が咳き込む。周囲は霧で包まれている……いや、正確にはそれは霧ではない。 空気中を漂う、小麦粉だ。 対峙する敵の能力は「小麦粉使い」である。なんかとまあ、妙な相手と戦う羽目になったものだ。 こうなった理由は…… 『秋葉さん、小麦粉買ってきてください』 クラスのクリスマスパーティーの買出しを頼まれた。直接関係ないけどまあいいや、と請け負ったが……それがなんでこうなったのか。答えは簡単、小麦粉が買い占められていた。小麦粉使いによって。 そして、仕方ないから分けてもらおうと交渉しに行った結果、決裂して戦闘になったのだ。 「つか、最近の連中は短気だねぇ」 敵の攻撃は、粉塵爆発。小麦粉を燃焼させる粉塵爆発は、本来は大した利便性をもたない。 敵も味方も吹き飛ばすからだ。だが、その小麦粉の燃焼に指向性を持たせる異能者が存在したなら…… 自在に操れる粉塵爆発。それは強大な兵器となる。 (だからって、買占めとかするかねぇ) ジョージ秋葉は苦笑する。まったくもってついてない。 これだから、異能者という連中は手に負えないと苦笑する。うっちゃって逃げても別にかまわない。かまわないのだが…… 「やっぱり、約束やぶりはいただけないからねぇ、オウシット」 頼まれたのだ。有紀に、小麦粉を買ってきてくれと。軽い気持ちで引き受けたが……だからこそその約束は敗れない。 大人同士の約束なら、状況が変わったことを理由にいくらでも反故に出来る。それが大人の世界というものだ。相手に状況の推移、リスクを伝えて納得させればいい。 だが相手は子供だ。単純に大人を頼っている。それが軽い気持ちであろうとも、大人は子供を裏切ってはいけない。裏切る大人は多い。だが、だからこそジョージは裏切らない。これはビジネスではないのだから。それに…… 「人を裏切るものは裏切られる。HA、僕には一番キツいからねぇ、それ」 借り物の魔法使い。誇り高き偽者。無能者でありながら、ただの人間に使えるレベルの魔術武器を駆使し、手品とハッタリ、小手先の戦闘技術。そして……ラルヴァや異能者の力を借りて戦う、一人では何も出来ない男。 だからこそ、ジョージは他人に感謝する。だからこそ、裏切らない。 「HA――! それがアダルティーってモンでしょうが……!」 ジョージは身を躍らせる。次々と局所的な粉塵爆発が起こり、ジョージを襲う。それをかいくぐりながら走る。 「ていうか、食べもの粗末にすんじゃねぇ! バッドすぎんぞてめぇ――!!」 他にも、クリスマスツリー用の飾り、もみの樹、サンタ服、など……様々なものが必要となり、有紀はそれをクラスの友達に頼んだ。 それが、それぞれの険しくつらい戦い、冒険、物語となったことは……ここでは別の話である。故に、上記の一部のみを語るだけで割愛しよう。 双葉学園のこの時期に起きた多くの物語の、ほんの一部でしかないのだから。 「みんな、お疲れ様」 くじを勝ち抜いて借り切った家庭科室のひとつ。そこでエプロン姿の女生徒たちがみんなを迎える。 「……うわ、どうしたのその姿」 有紀が目を丸くする。みんなけっこうなボロボロの姿だった。 「いや、この時期って色々とあわただしいからなあ」 空が言う。なるほど確かにクリスマス商戦は大変だ。本当に変身できるおもちゃを巡って謎の企業と戦いを繰り広げる変身ヒーローだっているだろうし。 「大変だったんだね。まあこの時期はそんなに特別なことじゃないしね」 「これが特別じゃないんなら私ゃ生きていけるか不安よ」 鍔姫が苺をたくさんいれた袋を机に置く。 ずいぶんと大変な目にあった。特にあまり人に言いたくない目にも。周囲に人気がなかったのがある意味は幸いであったが。 というか二度と触手はゴメンだと鍔姫は思った。 「じゃあ買出し部隊のみなさんは休憩しててね。私達があとは頑張るから。家に帰ってもいいよー、パーティー夜からだし」 有紀が言う。 その言葉に、疲れた買出し部隊の人たちは机に突っ伏したり、床に座ったりして一息つく。あまり疲労や負傷のない男子は、手伝いを申し出たりもした。 それを見て、鍔姫は言う。 「ねえ空も手伝……っていないし!」 逢馬空は、帰っていいと言われたらすぐに家庭科室を出て行ったのだ。 「……こういう場合は、うん手伝うよとか言うもんでしょーに……」 「一緒に飾りつけとかしたかった?」 有紀が鍔姫に言う。 「うん、こう手が届かないところに、俺がやるよ、とかいって、手が重なって……って何言わすんじゃコラー!」 鍔姫は絶叫した。 空は屋敷に帰る。この大きな洋館は、正しくは空の持ち物ではない。 逢馬空の使い魔である吸血鬼、シュネー・エーデルシュタインの持ち物だ。 「ただいま」 きしむ扉をあけ、屋敷に入る。 屋敷のロビーに霧が出る。霧……というよりはきらきらと輝く微細な氷の粒。それらが凝結し、人の姿を取る。 「……」 無言で空を出迎えるのは、シュネーだ。 「ふう、疲れた」 『楽勝だったがな』 影から出てきたゴルトシュピーネが壁を這い回る。 『ほらよ』 棚から小さなガラス瓶を取り出し、空へと向かって投げる。空はそれを受け取る。 『ちゃんと飲んどけよ』 「ああ」 ふたを開け、一気に流し込む。 「まずい」 『良薬口に苦し、って奴だな』 そう言って、ゴルトシュピーネは二階へと這いずる。 「苦くなくて効く薬が一番だよ」 そうぼやく空からシュネーは空の薬瓶を受け取り、片付ける。 「……そうだ、夕方からクリスマス会だけど」 空の言葉に、シュネーは頷く。シュネーは、クラスの一員だ。だが、昼間の買出しは吸血鬼の肌にあまりよくない。そんな理由でシュネーは手伝いを断った。だからシュネーは、自分に参加する権利はないと思っていた。故に、次の言葉に驚く。 「お前も行くだろ?」 「……」 空は平然と、それが当然かのように言う。 「私も……行っていいんですか?」 シュネーは小さな声で、おずおずと聞く。 「……私が行かなかったせいで、貴方が」 手に触れる。 傷だらけだ。悪魔マラクスとの戦いで、空はかなりの手傷を追った。 服に隠れている部分は特にだ。すぐに家に帰ったのは、傷の手当てをする必要があったからである。影での止血だけでは、とうてい足り無かった。宝石のラヴィーネ、その遺産の中にはよく聞く魔法薬も多くある。それで手当てすることでどうにか体は持っている。 「……使い魔、失格……」 シュネーは自分を責める。 もし自分が傍に居れば、この傷は負わなかっただろう。 空の手を両手でそっと掴み、シュネーは自分の頬に当てる。 「……」 空は黙って、その手でシュネーの頬をなでる。 「気にするなよ。使い魔だのどうだの言ってこだわってるのはゴルトの方だし、僕はまあそんなの特にどうだっていいし」 ゴルトシュピーネが聞いたらまたうるさく喚くだろう台詞を空は言う。 「お前が居るから、助かった」 「え……」 「お前がいなきゃ、ここの薬とか使えなかったし」 「……」 確かに、真祖ラヴィーネの継嗣であるシュネーがいなければ、そもそもこの屋敷、ここにある魔法薬のすべては空は触れることすら出来ないものだ。 「?」 「……」 デリカシーの欠片も無い空の言葉に、しかしシュネーは薄く微笑む。こくこくと首を縦に振り、空の手を握る。 「じゃ、そういうことで。とりあえず僕は仮眠しておく、流石に疲れたし」 そう言って、空は自分の寝室へと戻った。 日が暮れる。 夜になる。 「そろそろか、じゃあ行こうか」 空とシュネーは屋敷を出る。 「……寒っ」 外はすっかり冷え込んでいた。 身を縮めて歩く空。その後ろから、ふわりとした暖かなものが首に巻かれる。 それは、毛糸のマフラーだった。 「……シュネー?」 「クリスマス……プレゼント」 「僕に?」 シュネーが昼間にクラス会の準備を断ったのは、これを作るためだったのだ。夜に間に合わせるために。 『あー、委員長に教わってたのソレかい』 ここ数日、有紀と何か話していたのをゴルトシュピーネは見ていた。盗み聞きは性に合わないので深く詮索はしていなかったのだが。 (あっさりとシュネーが断ったのを了解したのは、コレ察してか) ゴルトシュピーネは内心納得する。 「ありがとう」 その言葉にシュネーは顔を赤らめつつ頷き、そしてかばんからもうひとつマフラーを取り出し、自分の首に巻きつける。 同じマフラーだった。 「吸血鬼もマフラーいるんだな」 それを見て空は感想を素直に述べる。 「雪系の能力持ってるからそういうのいらないのかと思ってた。寒いもんなあ、やっばり」 (……駄目だコイツ) ゴルトシュピーネはその言葉を聞いて影の中で頭を抑える。全くわかってねぇコイツ。同じ形同じ色の手編みのマフラーふたつってことで少しは察しろこのバカ。 仕方ないから助け舟を出そう、とゴルトシユピーネは口を出す。 『おい、お前はお返しとかないのか?』 「そうだな、しなきゃいけないな。だけど用意してないからな……あとで何か用意しないと」 『んなこといってよぉ、クリスマスだし用意してんだろぉ』 「いや別に」 平然と空は言ってのける。 『オイイイ、クリスマスだろ、そういうアレねーのかお前はよ! こうクリスマスって言ったらよー、家族とかー、恋人とかにプレゼントとかするもんだろうがー』 「家族はいないし恋人もいないし。そりゃ兄弟みたいなもんだけどね、お前と僕は。でもお前には別にいいだろうし、ていうか悪魔がクリスマス祝うのもどうかと思うが僕は」 『だめだコイツ……』 ゴルトシュピーネは頭を抱える。 『すまん』 そしてシュネーに謝る。シュネーは、ふるふると首をよくに振りながら笑う。 『……いや待て。つーかアレだ、クラス会ってプレゼント交換とかあんじゃねーの?』 「……」 その言葉に空は黙る。 「その発想はなかったな」 『忘れてたんかいてめぇっ!?』 「知らなかっただけだよ」 『もっと悪いわっ!』 「困ったな」 『お前が困った奴だよこのボケナスがっ! あーくそ、コンビニでなんかてきとーに買って繕えっ!』 「でもお金あまりないしなあ。そうだ、屋敷にある魔法薬とか……」 『だーっ! ソレいくらすると思ってんだよこのやろうっ!? いいからお菓子でも酒でもなんでもいい安い奴でいいから買ってけっ!』 ゴルトシュピーネが絶叫する。それを見て、シュネーはくすくすと笑う。 「酒は駄目だろう、未成年だ」 『いちいち重箱の隅つっつくような突っ込みすんじゃねぇよっ!? 本当にイラつくなてめえっ!?』 相変わらずの掛け合いというか、漫才じみた言い合いをする二人。 それを見守るシュネー。 「ん」 気がつけば。その三人を包み込むように、雪が降り始めていた。 『ホワイトクリスマス、か……けっ、なんかいいな』 「そうだな」 シュネーもこくこくと頷く。 「……」 雪の中、まるで踊るようにステップを踏むシュネー。空はそれを見る。 雪、か。 シュネーの名前は、確か……白雪の意味だ。 名前どおりに似合っているな、と空は思った。 白く儚く、透き通った色。それは透明な自分にも似てて、しかし決定的に違う、強い存在感のある色。二律背反のその形に、空は素直に綺麗だと思った。 夜空を見上げる。自分は透明だ。空っぽだ。闇に溶け、その姿は消え去る。だが雪の白は透き通りながらも、その輝きはまるで星のように煌く。 「綺麗だな」 口に出した言葉は、果たしてどちらの雪に対して言った言葉か。 それは自分にもわからない。 「……はい」 シュネーがその言葉に答える。どちらの雪に言った言葉だと彼女は捕らえたのか。 それは彼女にもわからない。 判らないまま、二人は歩く。 雪の降る道を。 聖なる夜の下、悪魔を宿した魔術師と、魔術師の下僕となった吸血鬼は歩く。 ……二人はこの夜には似合わない。 祝福などされない身であり、許されない立場だ。 だけど、それでも、彼らは歩く。神が許さずとも、彼らを許し受け入れる友達がいるから、だから歩ける、歩いていけるのだ。 どこかで誰かが言った。 メリークリスマス。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1271.html
ラノで読む(ラノ向けに改行しているので推奨) やる気のない号令の後、喧騒がやまない教室から小さな人影が出てくる。ちょうど放課後となり賑わい始めた廊下を、他の人よりも若干遅いぐらいの速さで歩き続け、その足は職員室へと向かっていた。時折声をかけてくる生徒に軽く手を振って、職員室のドアを開ける。 「お疲れ様ですー」 心持ちソワソワしている同僚に声をかけてから自分の席に座ると、大きく伸びをした。 「いちおうひと段落だけど、休み明けが大変だなぁ……」 自席に置いてある卓上カレンダーを見ると、その日からしばらくは赤い字が並んでいる。赤いけれど赤字ではない。公休日を示しているだけだ。 四月末から五月の頭、ゴールデンウィークは双葉学園にも一応ちゃんと存在する。それを使えるかどうかは別として。 「休み明けからはエスカレーターじゃない子も異能関係の授業が本格的に始まるし、忙しくなるよね……」 カレンダーを見ている人物の頭は、ゴールデンウィーク後の予定を考えていた。事前にある程度目処をつけておいて、自分も少しぐらいは休みをとろう、という考えだったのだが…… 「……? はーい」 首からぶら下げていた教員証……学生証と同等以上の機能を持つ多機能情報端末となっている……が、音声着信を告げる。それを受けて通話を始めたその人物の顔に、疑問符が浮かぶ。 「……出張、ですか?」 こうして双葉学園の教師、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスのゴールデンウィークは予定でキッチリ埋まる事となった。 ******************* その日の夜。 都内某所……この場合の都内は、本土の事を指し、小笠原諸島や、双葉区は含まない。念のため……にある料亭に、彼女は呼ばれていた。春奈の興味は、目の前に並ぶ料理よりも、彼女を呼んだ人物にあった。その人物はきっちりとスーツを着込み、彼女の目の前に座っていた。一方の春奈は、呼ばれてすぐに出発したため、ほぼ着の身着のまま、しまらない私服姿である。高級料亭という場所の雰囲気と、明らかに不釣合いだ。もっともそれは、呼び出した相手の方にも言えるのだが。 「お久しぶりです、柴咲さん。えーっと、十年ぶり……かな?」 「ああ、そちらは変わりないようだな」 「昔より痩せちゃいました。柴咲さんは……なんというか、落ち着きが出ましたよね」 柴咲結衣《しばさき ゆい》。彼女も双葉学園の卒業生であり、春奈から見ると一つ上の学年だ。当時は風紀委員として活躍し、現在は宮内庁式部職祭事担当、第三課の室長という立場に居ると記憶している。春奈とそれほど変わらない(つまりは小柄な)体躯をスーツで包んでいる様は、一見すると背伸びしている小学生だ。もっとも彼女が纏っている気配は、学園に居た頃とはずいぶん変わっている。それが激しい鍛錬を積んだ結果である事を、春奈は知らない。 「まあ、それはいいとして……仕事の話に移ろう。それを見てくれ」 言葉尻を濁した結衣が、話題を修正するように持ってきた資料を春奈へ渡す。 「えーと……これは?」 「犯行予告、らしい。何カ国かの異能者組織と、その国にあるテーマパークに向けて宛てられたものだ」 封筒には書状のコピーが何枚か入っており、様々な言語で抽象的な、今ひとつ意味が捉えにくい言葉が綴られていた。 「何で防衛省とかアリスじゃなくてそっちに行ったんでしょうね……あ」 呟きながら予告状を見ていた春奈が、それら全てに共通で含まれている固有名詞に気づいた。 「……”マスカレード・センドメイル”」 その名前は、ある程度異能力者の裏社会を知っている者なら、すぐに引っかかるものだろう。 その組織は、言ってみれば『美』を主張する人間の集まりである。もっとも、その主張方法は恐ろしく過激だ。かつては異能を以って『芸術品』を作成、それを様々な方法で世界に誇示する組織であったが、十年前に首領を含めた幹部が一斉に居なくなるという事件が発生、現在はテロを通じて『美』を主張する危険団体として認識されている。春奈も何度か、『テロとの戦い』に駆り出された経験がある。 「各国のテーマパークを、ここ十日間のうちに焼き尽くす……そう予告している。これを阻止して欲しい、というのが『仕事』の内容だ」 「ちょうど日本だとゴールデンウィークですよね……休んでもらうにしても期間が長すぎるし……」 「問題なのは、具体的な日時を指定していない事と、『来客を巻き込む』と明記しているところだ。組織自体は叩くのに規模が大きすぎるうえ、実行犯の目星がつかぬから先回りして潰す事もできない」 「予告状をサイコメトリー系の人に追ってもらえば……」 「もう試したが、発信者は操られてこれを作ったうえで、操ったものは痕跡を見事に消去していた……まあ、無駄足だな」 「……結局、水際作戦しかない訳ですね」 「本来ならテーマパーク側に運営差し止めを依頼してでも捕まえなければならぬところだが……」 「問題は、そのテーマパークが……ですね」 世界中に展開しており、小さな国家ほどの財力と力があるそのテーマパーク相手には、そう簡単に口出しすることが出来ない。公にできない『異能者』が絡むのなら、尚更だ。 「彼らの方でも、警備を増員すると言っているが、異能者が相手では分が悪い。もし学園の人員が必要なら、我が学園に掛けあおう」 「お願いします……って、まだ受けるって答えてないですよね?」 「受けるだろう?」 「受けますけど……あ、まだお夕飯食べてないんですけれど、ここで食べていってもいいですか?」 「ああ、ここの勘定ぐらいなら経費で落ちるだろう」 ……後日、宮内庁に送付された請求書の額に、結衣が頭を抱えたことは容易に想像できるだろう。 ******************* 翌日、千葉県浦安 「そっちは大丈夫かな。正面ゲート班、そちらはどうですか?」 テーマパークに存在する事務室内で指揮を執る春奈。一般の従業員には要警戒を伝えてはいるが、実際に何が起こっているか、起こるかもという事を知っているのは、春奈以下、派遣された対異能テロ対策部隊のみである。 そして現状、怪しげな動きは見つかっていない。 (それにしても、テーマパークかぁ……) マイクを手配している従業員にはマイクで、異能部隊のメンバーには異能で、それぞれ指示を送りながら考え事を続ける。 「……出来れば、別の機会に来たかったけどなぁ」 着ぐるみの従業員に、こっそりと異能を使ってその感覚を覗き見する。視線には、笑顔を見せている子供の姿。 「……暑い……」 リンクしているせいで、その蒸し暑さまで感じてしまうのが、彼女の異能の悩ましいところだ。 そうして一日、二日と警護を続けているが、何かが起こる気配はない。時期が時期なために、恐らく普段より多くの人が来ているのだろう。賑わってはいるが、小さなトラブル以外に騒動は起こっていない。 「確かにいつ来るかは分からないけど、ねえ……」 学園から呼んだ助っ人の学生も、許可を出して遊びに行っている。本職の警備員……中にはテーマパーク側がどこからか集めてきた、異能者の警備員もいる……は相変わらず目をひからせているが、なかなか引っかかる相手はいない。 「このまま終わってくれれば、平和でいいんだけど……」 そんな事を言いながら、息抜きに外へ出た。 家族連れやカップル、後は女の子の友達同士といった人々が大半を占めている。時々一人で来ているような人も居るが、まあそれはそれだ。皆、一様に笑顔を見せている。 「……いいなぁ」 そう呟くが、現在は仕事中。気を抜くことはできない。 大きく伸びをしたところで、自分の方を不思議そうに見ている子供の視線に、春奈が気づいた。 それに無言で笑みを見せ、素直に戻ることにする。 事件が起こったのは、平日を三日挟んで(その日は代打の人を呼んでちゃんと授業には行った)休みも終盤に入った五月四日。 「……へ? 怪しい人を見つけた? そのまま監視を続けてください。あたしもすぐ、そちらへ向かいます」 無線で普通の警備員に指示を飛ばしながら、学園の生徒や異能持ちの警備員にもテレパシーで指示を送る。 『ショップ近くで不審人物を発見という一報が入りました。そちらへ向かって……アトラクションに乗ってる人は終わったらすぐ来てください!』 連絡しながら、自身も立ち上がって問題の箇所へと走る。 彼女が到着したとき、それらしき動きはまったく見えなかった。 「……あれ?」 右を見ても左を見ても、それらしい影はまったく見えない。 「もしもし、例の人は……え、もう行った?」 慌てて無線で警備員に連絡を取るが、その返答は『不審な行動があった為、警備室に連行した』というものだった。 「……えーと、あたし、役立たず?」 こちらを見上げてくる子供に、情け無さそうな笑いを見せたのち、その詰め所へ向かった。 連行された人物を取り調べると、所持品検査で爆発物が発見されたという事で即刻連行された。動機は警備室では離さなかったが、持って来た爆弾をテーマパークの何処かで使うつもりのは確かなようだ。 「これで一件落着、ですかね?」 「……どうだろうね」 呼び出した生徒にそう話しかけられるが、春奈は首をかしげるだけだった。 その夜、テーマパークの近くにあるホテルで、春奈は結衣へと連絡をつける。 「ニュースで報道されてたんですか? まあ、それはいいとして……」 彼女の話だと、各地の実行犯は次々に捕縛されているとの事らしい。残っているのは日本ほか二、三箇所。日本の方も問題ないという連絡を入れた。 「はい、そっちはお任せします。それで、お願いなんですが……はい……はい、それじゃあ、お願いします」 電話を切り、ベッドへと身体を投げ出す。 「あーあ、明日は早起きしなきゃ……」 ホテルでの柔らかいベッドで寝るのも今日で最後かなぁ、と頭に浮かべた。 翌日、五月五日の早朝。まだ日が出るかどうかという時間帯。 このテーマパークの隠れた特徴として、まったくゴミが落ちていない、という事がある。スタッフの努力の賜物である。 その、誰も居ない場所に、一人の子供が立っていた。会場前のスタッフが巡回している筈なのだが、まったく彼……いや、彼女か……の存在には気づかない。 空を見上げているその子供が、懐から何かを取り出した。それは朝日を浴びて様々な色に光り、虹のようにも、油のようにも見える。 それを地面に置こうとしたところへ、女性がその人影へ声をかけた。 「どうしたのかな? まだ開場には早いよ?」 その声をかけた女性……春奈が、その子供へと声をかける。子供は、なぜ自分が見つかったのかと不思議そうな顔をして見上げてきた。何度か彼女を見上げたのと、同じ表情で。 「なんで見つかったんでしょう? 仲間がちゃんと不可視の能力を使ってる筈なのに」 「その人も、もう連行済みだからね。彼から計画は全部聞かせて貰ってるよ。素直に投降して欲しいな。マスカレード・センドメイルの刺客さん」 春奈がそう話しかけるが、子供は微動だにせず、手に持ったものを地面に置こうとする。 「ストップ! あなたがやりたい事は、だいたい分かってるよ。教えてもらったからね……あなたが毎日ここに来てたのは、『それ』を作る為だった、って事も分かってる。あなたが抱えているのは、とても危険なものだから、そのまま手に持って、離さないで」 教えてもらった、という言葉に反応して、その子供は小首をかしげた。 『周囲の人間から漏れ出す感情を集めて、時限発火式の爆弾を作る』 それが、春奈の目の前に存在する子供が持つ異能であり、日本で発生させるテロの鍵となるものであった。 「あの人、喋ってしまったんですか?……芸術へ身を捧げる覚悟がなってません」 「あなた達の言う『芸術』は、あたしには理解できませんから。各地の似たような異能持ちの人達はもう捕まってるよ……やめては、くれないかな?」 春奈の声も無視して、どちらの性別か分からない子供は淡々と話を続ける。 「芸術を示すのが第一の目的。それが成せないなら生きてる理由もありません」 「それは、誰に教えられたのかな?」 春奈の言葉に、子供がハテナマークを浮かべた。何を言っているのか理解出来ない、といった様子だ。 「……そんな事、ありません。私の感性がそう訴えてきたんです」 「うん、それはそうなんだろうけどね。ただ、どんな人でも、自分一人で完結している、ってことは有り得ないから。あなたにも、そういう『影響を受けた人』が居るのかな、って」 「そんな事……!!」 「……できれば、その爆弾に込められた人達の思いを、あなた自身が感じてくれてもいいんじゃないかな」 明らかに狼狽している子供を見て、春奈が軽く右手を挙げた。 「……柴咲流、封陣縛鎖陣」 一呼吸の間も与えずに荒縄が爆弾を持つ子供に襲いかかり、次の瞬間には雁字搦《がんじがら》めに縛り上げていた。 「え? これ……」 「ごめんね。こうでもしないと、やめてくれないだろうから」 縛ってはいるが、それほど強くはない……が、いくら子供が身を動かそうとしても、それは微動だにしない。それどころか、咄嗟に爆弾を起爆させようとしても、それは全く反応せず、奇妙な光を発するだけだ。縛られた相手の異能を封じる、ラルヴァの動きをも封じる秘技が、子供の動きを完全に封じた。 「皆さん、お願いします」 春奈の声に応えて、隠れていた異能持ち警備員がその子供を連行する。 「柴咲さん、ありがとうございました。わざわざ出張ってもらって……」 「構わぬ。必要だから呼んだのだろう?」 春奈が疲れたような表情を見せ、それに結衣が真面目な表情で答えた。 ******************* その夜、近々始まる授業の準備をしていた春奈に結衣から連絡が入った。内容は、テロ犯である子供の取り調べ内容。 『両親ともマスカレード・センドメイルの人間で、その親から赤子の頃から教育をされていた、という所までは証言がとれた。それ以上はまだだが、組織の核心に迫るような情報は無さそうだ。ちなみに先日の爆弾魔は、まったく関係ない愉快犯だったそうだ』 「うん、うん……なるほど、お疲れ様です」 『……あの時に言った台詞、あれは奴に向けただけでは、無いだろう?』 「ああ、あの言葉……そう、ですね」 『誰かに教えられた言葉……だが、それは悪いことばかりではないだろう?』 「そう続けようと思ったんですが、あまり刺激して爆破しちゃったら大変ですし」 苦笑いを浮かべる春奈だが、その雰囲気は電話の向こうにも通じたらしい。 『……学園の未来は、教師であるそなたにかかっていると言っても言い過ぎではない。よろしく頼むぞ』 「あはは、言い過ぎですよー。言われなくても、頑張ります……そう言えば、柴咲さんは学園に来ないんですか?」 『一度顔を出さないと、とは思うのだが。忙しくてな。では、また』 通話が切れ、部屋に静寂が戻る。 「……自分で言ってて、あんまり説得力無いよねえ。あたしの言葉も、やっぱり影響与えてるんだよね……」 しばらく天井を見上げて考えを続けていたが、頭を切り換えて準備に専念する。 「……けど、一回ぐらい遊びに行っても良かったかなぁ」 遊園地とかテーマパークとかいう場所に縁がない彼女ではあるが、興味がない訳ではない。むしろ興味津々である。 「……今度、提案してみよ」 実際にそれが通るかどうかはともかく、一応学園にお願いしてみようと決めた春奈は、それを一度頭の隅に追いやって授業の準備を続けることにした。当面は、ゴールデンウィーク明けの授業計画を練らないといけない。 「自分の言葉が影響を与えるなら、せめていい事を伝えないとね……あれ、これも誰かの受け売りかな?」 頭を捻りながら、とにかく目の前の事を片付けるようと目の前の書類をいじり始める。心なしか、顔が少しだけ真面目になったようにも見えた。 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1036.html
ラノで読む 午後八時頃、喜多川教授との悪夢のようなミーティング、通称「ジャッジメント・タイム」を命からがら抜けてきた俺は繁華街にある大きなゲームセンターにいた。奴等が根城にしているらしいゲームセンターだ。 そのゲームセンターは大手ゲームメーカーの直営で、店内も広々としていて照明も非常に明るく清潔なイメージだ。ゲームセンターというよりはアミューズメントセンターと言うべきだろう。古き良きビデオゲームよりもUFOキャッチャーやその他プライズゲームが中心の店だ。俺も何度か来た事がある。男子諸君はUFOキャッチャーの練習をするといいぞ。それは間違いなく君にとって有益な結果になる(異性関係において)。 十分程店内をぶらぶらしているうちにお目当てのゲームは見つかった。大型のマシンなので目立つ。人だかりが出来ているから、さぞ人気のゲームなのだろう。じゃあゲームを見つかるまでに何故十分もかかったかといえば、俺は店に入ってから暫くの間、UFOキャッチャーの巨大ピカチュウぬいぐるみと格闘していたからだ。もちろん取ったけどな。千円かけて。 ピカチュウを脇にかかえた二十一歳がマシンに近づく。 『ベルゼブブ・アーマーズ』は対戦台で二セット、計四台設置されていた。数人並んでいたので、俺はその最後尾に並び、あたりを見回す。こいつらみんなどちらかのチームのメンバーなのだろうか。俺はマシンの近くにあるターミナル(ここでICカードを買ったり、その戦績をチェックしたり、機体やパーツを購入、取り替えする)に置いてあった、このゲームのパンフレットを手に取り、読むふりをしながら周囲を伺う。 どうやらこの周辺の人間はみな知り合いらしく、プレイヤーに声をかけたり、待っている人間同士で話し合っていた。資料を読んだ限りでは二チームは相当いがみあっているようだし、二チームがこの場に混在しているわけではないようだ。 次に能力を使って周囲を見たが、これといって情報は得られない。俺の能力は、人の生死に関する情報は得られない。未来の情報も得られないので、人がいつ死ぬかなんてこともわからないし、生年月日や年齢なんてものもわからない。だから俺がこの場で得た情報は、この場でゲームにふけっている人間全員童貞であるということと、昨日自慰をしたという事だけ。要するに何も有益な情報は得られない、と。 そうこうするうちに俺の番が回ってきた。見慣れないピカチュウを抱えた大学生の姿に周りの連中の奇異の視線が突き刺さるがそんな事は気にしない。シートに滑り込むと、コインを投入し、機体を選択する。ICカードは金がもったいないので買っていない。 とりあえず、露骨にゴツい、見るからに重装甲で体中からミサイルやビームを撃ちそうな機体を選ぶ。俺は離れたところからちまちまと相手を削り、相手の心も削るような戦法と機体を好む。 <READY GO!> 試合の開始を告げる文字がディスプレイに表示される。ツインスティックを握りながら、俺は妙な高揚感に包まれていた。 「ねえ、ピカチュウのデカイニーサン。見かけない顔だけど、大学生? アンタこのゲームやりこんでるの? 強いじゃん」 ゲームを始めてからおよそ三十分。俺が一試合終えて、列に戻った時に話しかけてきた奴がいた。年齢は例によってわからないが、身長は一六○ちょっと。ニキビ面で人懐っこそうな笑顔を浮かべるそいつは、まあ中学生か高一だろう。腕に炎の形のようなワッペンをしていた。よく見れば、ここにいる連中は一人残らず同じワッペンをしているのだ。どうやら事情が見えてきた。 「ああ、まあ大学生だよ。このゲームをやるのは今回が初めてだけどな」 「え、マジ!? すげーツエーじゃん! あんた何者?」 年上に対して口の聞き方がなってないが、素直なのはよろしい。 「昔似たようなゲームをよくやってたからな。そういやこのへんの奴等みんなそのワッペンしてるけど、何?」 「よく気付いたじゃん! 俺達は泣く子も黙るチーム『ナイトファイア』なんだぜ。アンタも聞いた事あるだろ?」 「へえ、お前等が『ナイトファイア』なのか」 ビンゴ!コイツ等はやはりチームの一つ、『ナイトファイア』だったわけだ。自称:泣く子も黙る連中がなんでゲームばっかしてるのかはわからんが。ゲーマー集団かよ。 「おお! スゲーな俺達のチーム! 大学生も知ってるんだってよ!」 坊ちゃんの言葉に周囲が沸き立つ。そんな嬉しいのかお前等。 「ところでさ、お前等のリーダーの沢渡翔って今居ないの?」 「リーダーじゃねえ! ヘッドだ! あとヘッドを呼び捨てにすんな! ついでに俺はお前じゃなくてツヨシだからな!」 言葉の全てに感嘆符がついていて面白い。 「それは悪かったな。で、そのタートルヘッドは居ないのか?」 「タートルヘッドじゃねえよ! そういや、今日はまだいらっしゃらないな、ヘッド。普段ならもうとっくの昔にいらしているはずなんだが………」 大学生の俺はため口で高一の奴は敬語かよ! 俺を見上げてるくせに! お○○○○ほっかむりのくせに! 「ふうん、じゃあもうちょっと待ってみるかな。ところでなんでお前等このゲームにそんなはまってるんだ?」 「おもしれーじゃん!」 ニキビ面のツヨシ(童貞)はそう言うと屈託なく笑った。俺の考えは杞憂だったのだろうか。これならばいいんだが。 「ストーリーだよ。ストーリー。『ベルゼブブ・アーマーズ』の根底のストーリーがたまらないんだ。低能力の異能者や一般人が強い異能者ぶっ飛ばすなんて最高だろ?」 俺とツヨシが話していると、後ろから声がした。えらく攻撃的でトゲのある声だ。 「あ、ヘッド! チイッス!」 ツヨシが九十度腰を曲げて頭を下げる。俺は声の主の顔を見た。間違いなく、それは資料にあった男、沢渡翔だ。もっとも、髪が赤くなっていたが。まあ、この人髪赤く染めちゃって、不良ですわよ奥様。怖い。 「で、ツヨシ。このピカチュウを脇に抱えた男は誰だ?」 「えっと、大学生です。コイツ無茶苦茶強いんですよ『ベルアー』! 俺等みんな歯が立たなくて」 妙な略し方だな。 「ご紹介にあずかりました、通りすがりのポケモンマスターこと、八十神九十九、双葉大学三年です。よろしく〜」 「へえ、大学生か。面白いな、俺とやってみるか?」 俺は出来る限りの軽薄な態度と敬語で挨拶をしたがろくに聞いちゃいねえ。 「それは光栄でござるな。是非一手ご教授願いたい」 「変な奴だな……。まあいい。お前等! どけ、俺とこのピカチュウがやるから」 号令一つで皆慌てて沢渡に道をあける。どうやらコイツはチームじゃ絶対的らしい。 ピカチュウ、お前このゲームやるか?任天堂製じゃないけど。 俺は脇に抱えた黄色い相棒に語りかけながら沢渡翔とは反対側のシートに腰を下ろした。まあ勝てる勝てないは問題じゃない。問題なのは奴がストーリーが面白いと言い切った事にある。問題は深刻だ。 コインを投入して、機体を選択、俺はずっとゴツい砲撃機体だけ。奴はICカード利用らしく、カスタマイズ機体だ。全身赤のボディペイントにスマートなボディ。初心者の俺にはそれだけで相手の特徴は全くわからない。 <READY GO!> まあ、案の定と言うべきかわからないが俺は負けた。意地で一本取ったが、さすがにやり込んでいるらしい沢渡には敵わない。しょうがないと思って席を立った俺に話しかけてきたのはツヨシだった。 「あんたやるじゃん。ヘッドから一本取るなんてよ」 「ああそうかい。まあ負けたけどな。いや、悔しくないよ? 全然悔しくないよ? 初心者だからしょうがないとか自分自身に言い訳してないよ?」 「うちのヘッドに勝とうなんて無理無理。一本取れただけでも凄いよ」 「いや、実際僅差だったぜ、あんたは強いよ」 俺とツヨシの会話に入ってきたのは沢渡。何か妙に嬉しそうな顔をしていた。初心者狩ってそんな嬉しいか? 俺だったら嬉しいだろうけど。 「なんだ、もう負けたのか?」 「まさか! 俺はこいつら相手じゃいつまでも席を離れられないからな。俺はあんたに用があるんだ」 「へえ、そいつは光栄だな。で、用っていうのは?」 「一週間後、ある人間と対戦して欲しいんだ。このゲームで」 「……事情を説明してもらおうか?」 「俺達の事を知っているのなら、『エグゾースト』の事も知ってるな?」 「ああ、まあな」 「『エグゾースト』の連中はカスっすよ! あの脳筋集団ども!」 ツヨシがエキサイトして言い捨てる。だが残念ながらコイツからも知性の輝きは感じられない。 「黙ってろツヨシ。だったら話が早い。一週間後、俺達『ナイトファイア』と『エグゾースト』はあるものを賭けて対戦することになっているんだ」 「あるものっていうのは?」 「ここだよ、ここ」 そうして奴が指したのは地面。この場所そのものということか? 「今は偶数の日は俺達『ナイトファイア』奇数の日はあいつら『エグゾースト』が使う事になってんだけどよ。それじゃあカッタルイからさ。ここらでケリつけようかと思ってよ。しかも平和的だろ?」 「ま、確かに殴り合いで決めるよか余程いいな。で、なんで俺なんだ?」 「規定じゃそれぞれリーダー以外の代表を立てる事になっててよ。強い奴を探してたのさ」 「で、俺ってわけか」 「そうだ、受けてくれるだろ?」 「アンタ、ヘッドが頼んでるんだぞ! 断るわけないよな!」 さて、ここで俺はどうすべきか。 どちらか一方に肩入れしすぎるのは得策ではない。だが、ここで話を受ければ、『エグゾースト』とは自然と対立する流れになっても今回の問題の本質に近づけるという気がする。何故この二チームは対立しているのか、対立を解消するにはどうすればよいか。そして奴等の異能コンプレックスを如何にして取り去るべきか。 ま、虎穴に入らずんば何とやら。という奴か。やるだけやってみるさ。 「わかった。いいぜ、やあってやるぜ!」 俺は微妙に声をダミ声にしつつ親指を立てた。サムズアップ。 「………。そうか。それはよかった。じゃあ、試合の日まで一日置きにここに来るんだな。みっちり仕込んでやるぜ」 「オーケーヘッド」 「それと。間違っても奇数の日はここに来るなよ。『エグゾースト』の奴等がいるからな」 オーケー(童貞)ヘッド! まあ初日で奴等に食い込めたのは良しとすべきだろう。問題は『エグゾースト』についてだが、こうなった以上は本人達に接触せずに情報を集めるより他に無い。 俺はそんな事を考えながらゲームセンターを後にした。 トップに戻る 作品保管庫に戻る